
「ハロー!アイム・ジョニー・キャッシュ」
2003年9月12日、亡くなってからすでに5年もたつのですね。
愛妻ジューン・カーター・キャッシュが神に召されてから約4ヶ月後、彼女のあとを追うようにこの世を去ったジョニー・キャッシュ。映画「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」でもしっかりと描かれていたジョニーとジューンの夫婦愛。状況は異なるでしょうが、ふっと評論家江藤淳先生のこと、思います。
ジョニー・キャッシュ、伝説の人。本年4月発売されたDVD「ジョニー・キャッシュTVショー」がなかなかの評判。1969年6月から3年間、ABCテレビ・ネットワークで放映されたテレビ番組の名演を約4時間強にまとめたもの。
これまで海賊版ビデオとして、ファンの間ではけっこう出回っていたものの、正規のお目見えはこれが初めて。豪華ゲストの名演が次々に楽しめます。
年の離れた兄さんと一緒のようなボブ・ディラン。くったくないスティービー・ワンダー。しっかりとアウト・ローしているニール・ヤング。カチンカチンに緊張しているエリック・クラプトン。カントリー&ウェスターン(C&W)のファン層を拡大してくれたレイ・チャールズ。クリス・クリストファーソン、ロイ・オービソン、エヴァリー・ブラザースなどのC&W音楽仲間たち。そして近代C&W生みの親といわれるジミー・ロジャースの名曲「ブルー・ヨーデル#9」を一緒に歌うルイ・アームストロングとジョニー・キャッシュのデュエットは圧巻、歴史の一コマ。この辺にアメリカン・ミュージックの底力、感じます。
この番組が収録されたのはC&W音楽の聖地とよばれるナッシュビル・ライマン公会堂。
同じ聖地でも、日本でボクシング界の聖地とよばれているのは、東京水道橋後楽園ホール。その後楽園ホールで、1962年11月、ジョニー・キャッシュがコンサートを開いたんです。コンサート、いまでいうライブですな。当時は、東京近辺にも多くのアメリカ軍基地が残っていて、そこの兵隊さんたちを楽しませるために、多くの人気歌手たちがアメリカ本土からやって来て、基地内で慰問ショーをやっていました。余分な時間があれば、日本人のために普通の会場でライブ・ショーを行うのが通例だったようです。確かベンチャーズも、一回目は慰問関連の来日だったような記憶ありますが、違いましたっけ?新安保条約が結ばれ、世の中騒然としていた頃なのに、音楽の世界は平和というか、ノンポリというか、人類みな友達でした。
「ジョニー・キャッシュ来日。後楽園ジムで一回限りの公演。入場無料」というとんでもない告知を新聞で見つけて、すぐさま応募。当時はそんなにファンは多くなかったのか、友達と二人分、なんとか切符を手に入れることができた。ジョニー・キャッシュの声を聴いたのは、駐留軍ラジオ放送、そしてビクターがサン・レーベルを発売してくれていたからです。語るようにうねるように歌う太く濃い低音。ギターとベースでリズムを刻むバック・バンド、テネシー・ツゥー。
ジョニー・キャッシュは、決してロックン・ロール音楽をやっていたわけではないのに、アウト・ローの雰囲気ただよう彼独特のキャラクターが完全にロックン・ロールしていた。私、すっかりファンでした。
当時気にいっていた曲は、キャッシュの友人そしてレコード・プロデューサーだったジャック・クレメントが彼のために作ったいくつかのポップ系ヒット曲。あとで知るのですが、“カウボーイ”というニックネームを持つこのジャック・クレメントも大変な才能を持つ反逆児“アウト・ロー”だったようです。
その頃からおなじみの「ハロー、アイム・ジョニー・キャッシュ!」で始まったジョニー・キャッシュ・コンサート。ベース担当マーシャル・グランド、エレクトリック・ギターはルーサー・パーキンスそしてドラムスにW.S.ホランドが加わったテネシー・スリーがバック。聴きたかったクレメント作の曲はもちろん、「アイ・ウォーク・ザ・ライン」「ビッグ・リヴァー」「クライ・クライ・クライ」「町に銃を持って行くな」、サン・レーベル時代から移籍したコロムビアの新曲までおなじみの曲がいっぱい。一番の印象は「世の中にこんなカッコ良くギターを持つ人がいるなんて信じられん」ということでした。
興奮さめやらぬまま楽屋口でしばらく待って、そのために持っていったLPレコードにサインをもらい、一緒に写真を撮ってもらった。ものすごくデッカイ人でした。そのジョニー・キャッシュのサイン入りLPを3種類、レコード棚整理で発見。彼のデビュー・アルバム「His Hot And Blue Guitar」には45年ぶりのごたいめ〜ん、お懐かしゅうございます。
早速ターンテーブルにのせてみましょう。