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2010.01.05UP

いつもの年末と、いつもならぬ年始。

新年明けましておめでとうございます。本年もお付き合いのほど、お願い申し上げます。

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さて、お立ち会い。
新しい年を迎えましたが、まず昨年末の話から。例年、大晦日は寺さんちにーー敬愛する寺崎央兄の南千住の邸宅に郎党どもが参集して、酒酌み交わし、年越しをすることになっている。いつもはカミさんも一緒だけど、今回は私ひとりで駆けつけた。

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カミさんは広島の実家に帰ってしまった。年老いた両親、ふたりきりでは可哀想、というので行ってしまったんだけど、東京の家に老人ひとり残していったーー私のことですが、こちらはどうしたらいいんでしょうか。

それはともかく、寺さんちには、昔の仕事仲間の、馬場佑介夫妻、関原彰夫妻、佐藤光生君、遅れて、中原幹夫画伯夫妻が集まり、例によって例のごとく、わいわいがやがやと、愉しく騒いだのでした。

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私のお目当ては、寺崎夫人、お恵さんが例年作る「コモ豆腐」(写真、撮り忘れた)とムッシュ関原がパリから運んでくるチーズ「モンドール」のふたつ。これを食べるのと、寺さんお恵さんの元気な顔と姿を確認しないと、私の大晦日は終わらない。

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なにせ早くから呑んでいるので、途中でこんな人も出てくる。「社長、その腹はまずいでしょ」なんて言われても、すーすーかーかー。

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金魚も呑み疲れて横になっているわけじゃない。浮き袋かなんかに異常があるらしく、餌食べるときだけちゃんとした姿勢に戻るという、まるで私みたいな、いつもは寝たきりの寺崎家ランチュウ。

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例年の式次第は、年が明けると、お屠蘇を飲んで、初詣に行き、解散となるのだけど、今回は馬場夫妻が「西武線の電車がなくなる」とて、早々と帰ると言う。そこでムッシュと私、携帯を取り出して、帰りの電車の時刻を確かめたところ、日比谷線が早く終わってしまうらしいということになり、車で来ている中原夫妻を残し、慌てて寺さんちを辞して駅に向かったら、電車は終夜運転、と判明。乗り換え案内のサイトが終夜運転の情報までカヴァーしていなかっただけ。引き返してもよかったけど、寒さに頭が痛くなりそうだったので、そのまま帰ることに。前列左から、私の好きなお恵さん、中原夫妻、馬場さん、後列左から、関原さん、寺さん、馬場カミの由利子さん、佐藤君、関原カミの治ちゃん。

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さて、元旦。ひとりぽっち。昼過ぎ、妹が年始の挨拶に来る。一杯やって、彼女が帰ると、腹がはちきれそうな感じ。食べ過ぎたようなので、ひとまず横になる。

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ひとまず、のはずが気がついたら外は真っ暗。起きだして、司馬遷「史記列伝」を読んでいたら、いつの間に外が明るくなってしまった。慌てて、また寝る。

昼に起きだしたら、携帯にメール。カミさん親友の睦ちゃんから。私ひとり残されているのを聞いて、晩ご飯どう、との誘い。親子四人の食卓に混ぜてもらう。明里ちゃん、睦ちゃん、夏ちゃん、ダンナの江口君。

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おせちに飽きた口にカレーがうまかった。鯖缶のトマト煮もイケた。作り方も教わってきた。

正月3日。カミさん帰ってくる。

正月4日。カミさんのお供で、ゴルフの練習。疲れたと言って、首筋を揉まされる。まあ、年末、家の掃除を終わって、新幹線に飛び乗り、年寄りの面倒を見て、また新幹線に広島から立ち通しで帰ってきて、ゴルフの練習なんだから、疲れて当たり前なんだけど。針金みたいな身体で、よく頑張るね。頭、下がります。

そして、本日、正月5日。カミさん、眠りこけている私を叩き起こして、着物着るのを手伝わせ、仕事始めに色無地着て出かける。

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大将が出かけてしまうと、いつもの日常。年が明けても何ひとつ変わらない。これからお昼寝も、いつもどおり。

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立石敏雄
1947年東京生まれ。雑文製造業者。早稲田大学卒業後、絵本の出版社、雑誌『BRUTUS』編集者などを経て、現在は雑誌『Pen』に「笑う食卓」連載中。著書に、雑誌連載をまとめた『笑う食卓』(阪急コミュニケーションズ刊)がある。

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