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2010.03.24UP

「高峰秀子の流儀」をめぐって

ある日、友人がふと漏らした題名に、何かピンと来て、
そのまま本屋さんに立ち寄って、この本を手にした。
本のカバーは操上和美さんによる写真で、八十代になっている
のであろう高峰さんは、このように美しく、凛としている。

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一冊の素晴らしい本は、その本に書かれている人物と、
読んでいる自分自身の間を行ったり来たりする・・・
人がどう生きて来て、どう生きて行くかを、
自分自身がどう生きて来て、どう生きて行くか・・・と、
おこがましくも重ね合わせてみたくなる。
今回もまた、この本の周りを無責任に飛び回ってみよう。

高峰さんは四歳で実母を失い、養母と三十代直前の結婚までの
女優生活を共にする。
五歳で実の両親から育ての両親のもとに養女にいった私は、
自意識をもったばかりの子供がもっている、大人を凌駕する人生を
受け入れる能力や観察力を知っている(ような気がする)。

高峰さんは、幼児から子供時代、少女時代を経て、大人になり、
結婚して、やっと親が子供から搾取し続けるという悲惨な関係を
人生の隅っこに追いやることができた。
それを何とか、少女時代のあの反抗期といわれる頃に出来なかった
のだろうか。
あるいは二十代に入ったときに・・・
人がある呪縛から解き放たれるには、客観的な観察者から見たら、
じれったいぐらい時間がかかるのだと思う。

高峰さんは27歳になって、初めて半年間パリに滞在する。
大女優が夜逃げ同然に「時間を稼ぎに」外国へ行く。
「私は普通の人間同士がどれほどの親切や愛情を持って支え合って
生きているかを、自分の目で見、そして経験したかった」
(私の渡世日記)
大女優が滞在するとは思えない安い下宿屋さんでのひとりの
生活の中で、風邪をひき高熱を出す。
熱が下がってやっとの思いで外に出たとき、燃えるような夕焼けを
見て突然涙を流す。

この頃幾度となく「・・・の流儀」という言葉を耳にする。
この本を読んでみて「流儀」の潮流は高峰さんが源であったのか・・・
と思った。
高峰さんは松山善三さんという無ニの相棒といつも一緒らしい。
そして、この本の著者、斎藤明美さんも人生の伴走者である。
これだけのことは、本人だったら絶対に活字にしなかっただろう
ということを彼女は書いている。
パリで、孤独感からか、燃えるような夕日をみて涙を流した
高峰さんは、それから60年ぐらい経とうとしている今、柔らかい
午後の陽ざしに包まれているのだろうか。


最後に蛇足ながら自分のことを引き合いに出すと、若いころ
パリのサンジェルマンの安ホテルにひとり滞在したことがあった。
それは高峰さんが滞在した部屋とほとんど同じクラスだった。
私はパリ名物の牡蠣(かき)ではなく、おのぼりさん用のカフェで「焼きは
レアで」と注文した(バカみたい!)ハンバーガーに当たってしまった。
こんな時、誰かにばったり出会わないかしらと、ふらふらと薬局をさがして
あるいていた。すると、真向かいから若い男性がこちらを凝視しながら
歩いてくる。なんと、アフリカを旅行中だったはずの弟だった。
さっそくいろいろ介抱してもらったが、ホテルのコンシェルジュのおばあさんに
理由を言ってもまともには受け取ってもらえず、当然、男を部屋に引き入れて
いると笑い飛ばされたのだった。


※編集注:高橋靖子「パチパチ・パーティ 」は次回より「madame Figaro.jp」で掲載されます。

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高橋靖子(スタイリスト)
日本のスタイリストの草分け的存在。現在も、広告、CMなど第一線で活躍中。71年、ロンドンで山本寛斎氏とファッションショーを成功させ、その後、「ジギー・スターダスト」期のデヴィッド・ボウイの衣装を担当。鋤田正義氏によるデヴィッド・ボウイやT・レックスの撮影をアレンジしたことでも知られる。著書に『表参道のヤッコさん』『小さな食卓 おひとりさまのおいしい毎日』『わたしに拍手!』などがある。
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