2010.02.12UP
ある日、原宿の「J STYLE BOOKS」という本屋さんで、宇野千代さんの初版本
「恋の手紙」(昭和14年刊)、「風の音」(昭和44年刊)を発見した。
神宮前2丁目にあるこの本屋さんは、居心地のいい本のセレクトショップ。
私は時々立ち寄って、この本屋さんのアンテナがキャッチした本を眺めたり、
ほんの少しある古本を観たりする。
思いがけず見つけた宇野千代さんの本。ZUCCAでみつけた「刺す」
に続いて、なぜか私の手元に舞い降りてきた。
(2009.11.26宇野千代さんになりたくて)
http://e-days.cc/style/column/takahashi/200911/29191.php
夜寝る前のベッドの読書は、宇野千代さんと決めて彼女の本を手に入る限り
読む夜が続き、私の思考は宇野千代化してきたようだ。
彼女は決して自分がつきあった男性たちの悪口をあからさまに書いたり、
ネガティブな感想を述べたりしない。
しかし私には、いとしくて、可哀そうで、天使のように純な彼女の姿が
浮かび上がってきたのだ。
その断片を書いてみようと思う。

撮影 樋口友康
宇野千代さんは、男性に、他の女性とだったら絶対にしないような「男のズル」を
させてしまう。
二人の間に起こった人生の重荷は、いつの間にか彼女自身が背負うのだ。
画家と人生を歩んでいた時はの借金は、彼女が画家の絵を売り歩くことによって解消した。
作家と「スタイル」という雑誌を発行して作った莫大な借金は、着物のデザインをしたり、
なにかしら書きまくることによってついに解決した(のだろう)。
いつ止むことなく続くコワイ借金取りに追い立てられると、
「世の中にはこんなことで死んでしまいたいと思う人がいるのだろう」などと他人事風に
一行だけ書いている。
絵を売り歩いているとき、沢山絵を買ってくれる地方の素封家と寝てしまう。
そして彼にうるさいぐらい纏わりつく。
絵を売るために売春まがいのことをするのが悲しくて、これは恋愛だと自分に言い聞かせる
ためだったのではないかしら。
そんなこんなで宇野さんが一生懸命がんばっている間に、男性はとっくの昔からよそに
好きなひとを作り、子供まで産んでいたその女性のところに去ってしまう。
すると立ち去る男性の荷造りまで手伝って、送り出すのだ。
「あのヒトは何でも強引で、ウザいんだよ」みたいなことを言われているのを感じて
自分がいかに強烈に東奔西走したかを書く。
だから宇野さんが男から男へと渡り歩いた...というような面白おかしい風評はウソだ。
一生懸命尽くして、独りぼっちになる...ということを繰り返していたのだ。


宇野千代さんの老年期の姿は童女のように愛らしい。
いろんなことがあって、心身共に精一杯生きて、行き着いたところがあった。
私は何も知らずに最後の着地点を、ほんの少し垣間見た。
今私は、著書の中をさまようことによってその人生の深淵の一部を覗き見る。
小説の中には大きな贈り物がある。
それは私自らの一刻一刻を、何があろうと生きていけばいいのよ・・・と励まされること。
宇野さんには「そんなつもりで書いたわけじゃない」と笑われちゃうかもしれないけど。

桜が咲き誇り、花びらが舞い散るお別れ会にて。
