2010.01.12UP
1967年ごろだったろうか。
鳥居ユキさんと私は、遊び仲間だった。他愛のない夜遊びをしたり、彼女の家にいって
お菓子を食べながらおしゃべりしたり・・・
ファッションデザイナーとして活躍するユキさんの母、君子さんが経営する
銀座のお店に行くのも楽しかった。
ユキさんもいつの間にか母と同じファッション・デザイナーの道を歩み始めていた。
ユキさんと二人で「こんなお洋服着たいなー」などと考えあうこともあり、それが商品化されて
お店のベストセラーになったりした。
あるとき、新しくできたばかりの銀座のソニービルでユキさんが初めてファッションショウを
開催することになった。
私もいつの間にか、このショウのスタッフになっていた。
映画評論家の山田宏一さんが公開前の「俺たちに明日はない」にユキさんと私を
連れて行ってくれた。
私たちは、ヒロインのフェイ・ダナウェイの格好良さにがーんと刺激をうけた。
そして彼女が身につけていたベレー帽とスカーフをモチーフにして
「ボニー・ルック」をショウのテーマにした。
ショウのオープニングには映画のテーマソングを使った。
ショウのリハーサルのとき、私はまず自分のファッションをキメていった。
ペーズリー柄のブルーのチュニックに紺のパンタロン、アンティックのシャンデリアを
解体してつくったギラギラのロングネックレス。みんなユキさんが創ったものだった。
どでかいサングラス(トンボメガネ)の私は、モデルよりも派手だったらしい。
「あの子、何なの?」とトップモデルの松田和子(ピーター)がユキさんに聞いたそうだ。
正体不明のスタッフだった私だが、これを機会に少しづつ、モデルたちとも友達になっていった。
下の写真はボニー・ルックではないけれど、当時のユキさんの服だ。

そして以下が、ユキさんの2010年の夏のファッション。
ユキさんのマリン・ルックは、フランスやイタリアの避暑地が似合う。
60年代、彼女はパリだけではなく、夏はドーヴィルや、サントロペ、カプリ島で
過ごしていたという。
(余計なことだけど、その頃私が過ごしたのは千葉の海だった。2009年8月3日
1965年の夏...参照http://e-days.cc/style/column/takahashi/200908/28009.php)

1960年代、フランスの映画界にはヌーベルバーグがあった。
「突然炎のごとく」は「シベールの日曜日」(こちらはヌーベルバーグではないかもしれないが)
と並んで、20代の私の精神活動の源でもあった。
それほど映画狂でもない私だが、この映画は上映を追いかけて、さまざまな映画館で
観た覚えがある。
トリュフォーやゴダールと並んで、日本では伝説のみが先行していたヌーベルバーグの
監督ジャック・ロジエ。
ほとんど知られなかった彼の映画が奇跡的に一挙公開されることになった。
そこにあるのは南仏の海岸で展開されるヴァカンス。
スタイリストの目から見ると、画面に踊る若い女の子たちの浜辺のファッションがまぶしい。
ロングのスカーフ、サボとよばれる木靴、キュートなミニのワンピース・・・
ファッションの輪が回って、今年の海にばっちりのものばかりだ。


「ジャック・ロジエのヴァカンス」
・長編 アデュー・フィリピーヌ (1960−62年)
・長編 オルエットの方へ (1969-71年)
・長編 メーヌ オセアン (1985年)
・短編 ブルー・ジーンズ (1958年)
・短編 バルドー/ゴダール (1963年)
・短編 パパラッツィ (1963年)
1月23日から2月19日まで 「ユーロスペース」03−3461−0211
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