2009.12.14UP
昔、加藤和彦さんとミカさんのお宅を訪ねたことがあった。
70年代の初めだった。
何か御馳走になったのだろう、赤と白のチエックのテーブルクロスが
すごくかわいいと思った。
ナイフ、フォーク、スプーンはすべてJALの機内食に出てくるものだった。
JALと刻印されたコレクションはすっかり私も気にいって、早速真似をした。
飛行機に乗るたびに、一個とか二個とかいただくことにしたのだ。
プラスチックスの佐藤チカちゃんは、エールフランスのブランケットを
ストールにしていた。これもおしゃれだった。

加藤さんは何でも知っていた。
その頃、男性誌の創刊にあたり、一か月ほどのロケの仕事が私に舞い込んだ。
「西インド諸島」といわれて、私はそれがどこにあるのかもわからなかった。
加藤さんが教えてくれた。
カリブ海の島々の中でも、ジャマイカにはダイナミックスタジオがあるから、
そこに行ってみるといい、と言った。
そのスタジオでストーンズが「山羊のスープ」をレコーディングしたのだと。
(撮影スタッフは興味を示さなかったけれど、私は加藤さんに言われた
とおり行ってみた。ジョー・コッカーがレコーディングしていた)
小さな島々を、小型飛行機に18回乗って、ロケをした。
「レゲエ」という言葉を聞いた。
初めてデヴィッド・ボウイのコンサートを観るために、鋤田さんたちと
ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールに行ったとき、
私たちは偶然知ったそのコンサートに滑りこめたことに興奮していた。
会場の様子を観るために、会場内をうろうろしていたら、
当然のように加藤さんがいて、にこにこ笑って「あ、やっぱりいたね」
と言ったのだった。加藤さんにはちゃんとレーダーがあった。
加藤さんが髪をオレンジ色に染め、お化粧をして「レオン」に現れたことがあった。
私をはじめ、そこにいた仲間たちは、一瞬はっと加藤さんを見つめた。
彼はゆらっとしたけど、その後は何気なく笑った。
その頃、加藤さんと共通することがあった。
私はいつも金の靴を愛用していた。
加藤さんの足元を見ると彼も金の靴を履いていた。
「どんな服を着ても、足もとが金色だと、なんか決まるんだよね」
とうなずきあった。

私はこの頃、数年前に買ったビームスの金の靴を履いてみたりしている。
いまだにJALのスプーンを2個ほど持っている。
彼の美学はどんどん進化して、この世のものでは満足できなくなって
しまったのだろうか。
追記
加藤和彦さんの「ラスト・メッセージ」(文芸春秋刊)1619円+税)を読んだ。
髪をオレンジに染めたときのこと。カリブ海の島々への旅行のこと。ポートベローホテルの
レセプションに音楽に詳しいゲイの友達がいた、というのは私が9月11日のブログに
書いていたアランのことだろう。
ちょっとづつ、いろんなことが、シンクロしていた。
同時代に生きたのだな、としみじみ思った。

