2009.11.09UP
70年代、ロンドンを行ったり来たりするようになって、その頃ロンドンに
住んでいた写真家の与田弘志さんがいくつかホテルを紹介してくれた。
その中でも蚤の市で有名なポートベロー通りに近い「ポートベロー・ホテル」は
各国のミュージシャンやファッション関係者などが定宿にしていた。
寛斎さんのショーの時も、Tレックスやデヴィッド・ボウイの撮影の時も、
雑誌の撮影の時も、ここに宿泊した。
こじんまりしたプチホテルで、それぞれの部屋はさほど広くはなかったが、
ロビーは明るくて、裏にはホテルのお客専用の庭があった。
時には、ミックジャガーがビアンカ(最初の奥さん)とけんかした時、ずっと泊まっていたとか、
そういうことを私に教えてくれるのが、このホテルのレセプションにいたアランだった。
夜、日本からのスタッフや、ロンドンの友人たちとロビーで長々としゃべりながら過ごすとき、
彼がいることが多かった。
私がちょこっとづつ、今どんな話に沸いているのか、説明したこともある。
わかっても、わからなくても、彼はその場の雰囲気を私たちと楽しんでいた。


私は彼を通じて、英語のおねえ言葉のアクセントを学び、仲良くなっていった。
彼はキラキラの青いネイルエナメルをつけ直したり、黒いセーターの一面にラインストーンをつけたり
スパンコールをつけたり、そんな針仕事をしながら、受付の仕事をしていた。
もちろんマーク・ボランの話やデヴィッド・ボウイの話もした。
鋤田正義さんと今野雄二さんが初めて、ロキシー・ミュージックのメンバーの撮影をしたのも
このホテルのロビーだった。
このときもアランは胸をときめかせながら、レセプションにいたのではないだろうか。
ある日、彼が私のために特別なことをしてくれた。
ロビーにはアンティックの大きなオルゴールがあリ、そこにレコード盤のような
金属版を差し込むと、それぞれが素晴らしく美しい曲を奏でるのだ。
アランは、次から次へと何時間もその作業を続けてくれて、私はなんだかとても懐かしい
とっておきの時間をたっぷり過ごすことができたのだった。


ある日、アランがミスター・フリーダムの服でキメてきた。
スカルのニット、巨大なさくらんぼがプリントされたゴールドのサテンのジャケット。
まさにロンドンポップのど真ん中のスタイルだった。
私たちは近所の公園に行って、遊びながらスナップした。
あの時、アランはこの写真で、アンアンか何かに出たかったろうに、、、40年間ほっといて
ごめんなさい。
今、あなたはどんなおじさんになってるんだろう。

ポートベロー・ホテルのロビーは朝ごはんを食べることができた。
私はここで、ポーリッジ、3分間のゆで卵、、などイギリスの朝ごはんを知った。
アートディレクターの片山さんと。

おなじくロビーで子供をスナップする鋤田さん。
