2009.08.03UP

夏。
この季節、若い女子が、思いっきり格好よくありたいと思うのは
本能にかなったことだと思う。
今から見れば、すこーしオクテだったかもしれないけど、
私にも青春適齢期の自覚があった。
フランスのファッション誌「エル」は、おしゃれのお手本だったが、
そのページにあるような水着は、デパートにも、三愛にも、鈴屋にも見当たらなかった。
それで、このころの水着はすべて手作りだ。
当時の水着はワンピースが主流で、愛想もなくゴワゴワしていた。
私はパイルや綿のプリント地を選んで軽くてカラフルなものを作った。
今なら水着とTシャツの組み合わせで済むところを、ご丁寧に水着の上にはおる
ビ−チウエアもつくった。
私はこの水着をきて、南仏のような、青春の海で過ごしたい、と思った。
でも、実際にはその海も湘南ではなくて、千葉県長生郡長生村の海だった。
毎週末、仲間と村の民宿に泊まった。
銀座にある広告代理店に入ることが出来たのは、入社試験ではなく、
コピーライター養成所のコピーコンテストで優勝したからだった。
この大きな代理店で8か月を過ごし、原宿のデザインスタジオに移るとき、
作品と呼べるものは何もなかった。
私はこの写真を持って行き、「今年の夏、ビキニでした」と言って入社した。
審査員(?)は、ルーペでそれを確認して、なんとなく私はそこに通うようになった。


それからの数年間の夏の海はとても豊かだった。
相変わらず千葉の海だったけれど、新しい仲間は優秀なクリエイターに
ありがちなクレージーさをあわせ持っていた。
特にアートディレクターは、美術に進むか、ヴァイオリニストになるかの選択を
考えた方だったので、音楽のセンスは抜群で、何も知らない私の音楽の扉を
大きく開けてくれたのだった。
彼は気分が盛り上がると、ヴァイオリンの大敵である湿気のことなど考えずに、
母なる海のもとで演奏を続けた。
彼の奥さんや子供たち、私たちも、彼の気の向くままの浜辺の演奏会に
耳を傾けたり、関係なく遊び呆けたりした。
始まった青春は、よりにぎやかに進行したが・・・いつしか私のシーンから
海もビキニも消えて、もう何十年になるんだろう。
