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2010.03.03UP

湯島「EST!」

 うー寒い。寒い夜はホットカクテルだ。
 「ホット・バタード・ラム」「はい、ホット・バタード・ラム」。いい注文ですと言うようにバーテンダー渡辺さんがにっこり笑った。湯島の名バー「EST!」はマスコミには決して紹介されないが、バー通にはオーナー渡辺さんの温顔とともに実力ナンバーワンの信頼厚く、毎夜「判っている」客を集めている。
 ホット・バタード・ラムは、ダークラム・熱湯・角砂糖をステアし、バターを浮かべる冬の温まるカクテルで、丁子(グローブ)を浮かべるのが本格だ。「シナモンスティック、つけますか?」「おお、もちろ ん」。これでかき回してシナモン香を加えるとより本格になる。ふうふう吹いて、ひとくち。温めて立ちのぼるラム酒の香り、溶けたバターのコク。香ばしいシナモン。やっぱり冬はこれだのう。お湯の代わりに温めた牛乳を使う「ホット・バタード・ラム・カウ」は、クリーミーで女性にたいへん喜ばれる。
 渡辺さんの髪は薄くなったが(シツレイ)、若手の男女が店に入り、安定した活気が出てうれしい。新人女性は若いが、うるさ方の大人の来るバーに落ちついた接客だ。さて、もう一杯。
 「アイリッシュ・コーヒー」「でしょう」。得たりの注文に渡辺さんはさらに嬉しそうだ。アイリッシュウイスキー・砂糖・濃いホットコーヒー・生クリームのホットカクテル、アイリッシュ・コーヒーは、1940年代に大西洋横断の経由地アイルランドで乗客の冷めた体を温めようと生まれたという。渡辺さんはこれを気に入り、毎年冬になると秘蔵のポスターを貼り出して注文を待つ。
 おいらはこの冬の最初の一杯は、昨年11月、松本の名バー「メインバー・コート」だった。冬到来のカクテルの注文を喜び、ぎりぎりとコーヒー豆をを挽き、かしゃかしゃとホイップクリームを作り、カウンターにキャンプ用ガスコンロを置いて、アイリッシュウイスキーをフランベする(火をつける)という大作。その顛末を渡辺さんに話すと、「ほう、フランベで」と眼を見開いて聞いている。
 「これは使う酒でいろいろ変わるんです、カルバドスでやってみませんか」。カルバドスはりんごのブランデーでカクテル名も「ノルマンディ・コーヒー」になる。ちなみにアクアビットは「スカンジナビア」、ベネデクティンは「モンクス」、コニャックは「ロイヤル」、キルシュは「ジャーマン」、スコッチは「ゲーリック」となる。やがて「おまたせしました」と熱い一杯が届いた。
 ふうー......「ああ、うまい」。渡辺さんが満足そうにおいらの顔を見た。


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玄関外観



EST!

文京区湯島3-45-3  
電話 03-3831−0403

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太田和彦(アートディレクター/作家)
資生堂宣伝部デザイナーを経て独立。デザインと並行して日本各地の酒場を訪ね歩き、『ニッポン居酒屋放浪記』など多くの著作にあらわす。最新刊『太田和彦の居酒屋味酒覧・第2版』(新潮社)は全国の名居酒屋を網羅した集大成。出演のCSテレビ・旅チャンネル「全国居酒屋紀行」は9年目に入り「日本百名居酒屋」として放送中。
新刊『愉楽の銀座酒場』(文藝春秋/1700円)はバーを中心に銀座の 酒場73軒を取材した力作。
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