2010.01.13UP
京都、烏丸御池ちかく、六角堂と東洞院通の交わる所、でハハンとくる人は京都通だ。ところがハハンと来ない。ルルル......、携帯で電話。「目の前です、んまい、の奥」。「んまい」という派手な居酒屋があって、その奥の小さな引戸だった。靴を脱いで上るカウンター六席ほどの田舎家風内装の店。着席して、外に向けた天窓を見て、一度来たことがあると気づいた。その時はがっしりした働き盛りのマスターだったが今日は若手だ。ここは酒が充実していた。今日の品書きは「不老泉」「波乃音」など今評判の滋賀酒が多く、初めての「一博」にしてみよう。「いちはく、って読むのかな? これください」「はい、滋賀・中澤酒蔵です」。彼は酒に熱意があるようだ。奥から一升瓶を持って、オオ! 若い美女登場。トクトクと注 ぎ、おいらをまっすぐ見て「純米無濾過生原です」とおっしゃる。この人にずっと注いでもらいたいな。
ツイー......。あまりくどくない旨口はいかにも滋賀酒らしい。「そうですね、滋賀は琵琶乃長寿がずっと良くて、名杜氏・天保正一さんが喜楽長に来てからさらに飛躍しました」。その通り。彼は滋賀の出身と聞き、地元の酒を誇りを持って勧められるのが嬉しそうだ。では次。滋賀を離れて石川「遊穂」にすると彼がにっこり。「能登杜氏・横道俊昭さんの名作です」。いいもの注文する客と思われたかな。頼んだ「鶏わさ」は地鶏の歯ごたえに、たっぷりの山葵がきく。
「ナオミちゃん、次の酒」。左隣りの男客が美女を呼んだ。ナオミさんと言うんだ。呼んだのは六〇歳くらいの男二人連れで、さきほどから文学談義がえんえんと続き、日本文学全集は4種、世界文学全集は3種持ってるのを自慢する。「ブックオフに安部公房全集があったんで買ったが、高っかいんだよ、6500円」「新しい三島由紀夫全集に『仮面の告白』の創作ノートが載ったな」「プレゼンテーターは結果がすべて、ぼくは創作メモは読まない」。......インテリさんでんナ。
「関川夏央の司馬遼太郎論はいい」右隣の髭男と美人カップルは、『坂の上の雲』がテレビで評判だが、司馬の意図は三人(好古、真之、子規)の青春と指摘した関川を称賛する。右と左の文学談義に挟まれて、おいらは浮き、相手は酒だけになった。「さて」と右のカップルが腰を上げ、彼は先に出て女性がお勘定をしている。おいらがなんとなくちらちら見ていたのを気づいてか目が合い、(男がいないのを幸い)声をかけると、今日は彼の62歳の誕生日で神戸から来たそうだ。へえ......、おいらも62歳だが、誰も祝ってなんかくれなかった。ぐやじー。
2時間後、ふらふらとバー「祇園サンボア」に入りウイスキーを一杯。今日は混んでるなと見わたすカウンター奥にそのカップルが。今宵は京都にお泊まりでっか。ぐやじー。ナオミさん、寝たかなー。

「遊穂」と鶏わさ
いなせや六角店
京都市中京区烏丸通六角東入ル・イヌイビル1階
電話075−255−1406
http://www.unmai.jp/keiretu.htm
太田和彦の新刊

「太田和彦の居酒屋安旨の逸品」角川書店/925円+税
東京都内の居酒屋48軒の、安くて旨くてボリュームもある肴72品を、写真入りで紹介。大分名物「りゅうきゅう」とは何か(新宿/とど)、これが東京一の「いか塩辛」(荻窪/やき屋)、君知るや魅惑の「くりから焼」(錦糸町/三四郎)、日本でここだけ「塩いか胡瓜もみ」(新宿/吉本)、思い切り「くさや」で酒を飲める幸せ(八重洲/ふくべ)、武闘派「いか焼」の真の実力者(佃/江戸家)など、つい行ってみたくなる「安旨の逸品」がずらり。

「東京・大人の居酒屋」毎日新聞社/1429円+税
東京下町/山の手。新しい気鋭店/伝統の老舗。女性に人気の割烹スタイル/熱気あふれる大衆酒場。モダンな都会派/懐かしい昭和。全国地酒の銘酒居酒屋/自慢の名物一本勝負。コドモお断り、団体お断り、ミシュランお断り。東京の居酒屋から選りすぐった大人の名居酒屋55軒 を、料理・店内写真つきで紹介する、東京居酒屋ガイドの決定版労作。「自分の一軒」が必ずみつかります。

「ひとり旅ひとり酒」京阪神エルマガジン社/1680円+税
雑誌『西の旅』に5年連載した、ひとり旅エッセイ。帯のコピーは「居酒屋の伝道師、太田和彦がツイーと旅した西日本の名酒場!」。京都、大阪、神戸、博多、金沢、広島、長崎、倉敷、鹿児島、松山......など、西日本の居酒屋旅に最高の手引書。文章を丁寧にビジュアライズした写真もすばらしい。著者いわく「近年ではもっとも好きな本」。ぜひ手に取ってください。
