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お兄さんの影響で、小学校3年生でベンチャーズにのめり込んだという武部聡志さん。高校生の時にはすでに、アレンジャーとしての道を志していたそうだ。
「それまではずっとブリティッシュ・ロックを聴いていたんですが、だんだんプログレッシブな方にハマっていったんです。ピンクフロイドとか、イエスとか。そっちはキーボードを使ってサウンドを構築していくような感じだったので、漠然とアレンジ的なものに興味を持ちましたね。で、18歳の時、ユーミンのアルバムに『編曲 松任谷正隆』って書いてあるのを見て、編曲とは何ぞや?と。そこで目覚めたんです」
そして1977年、大学在学中にかまやつひろしさんのバンドにキーボーディストとして参加。以来30年、武部さんは止まることなく、常に新しいことに向かっている。
「ヒットチャートにのればいいとか、その時だけムーブメントを起こせばいいっていう考えで曲を作りたくないし、かといって時代を無視した曲を作る気もありません。時代の匂いをちゃんと打ち出せて、なおかつ100年、200年先にも残る名曲。そんな、時代性と普遍性を兼ね備えた作品を作ることが、音楽家としての僕のいちばんのテーマですね」
さて、今回武部さんと向かった先は、
南青山の「天ぷら 天青」。店主の青田操さんはこの道ひと筋40年、エリザベス女王やクリントン元大統領の前で天ぷらを揚げた経験も持つ。
「天ぷらには数百年もの歴史がありますが、昔から何も変わらないのでは飽きられてしまいます。ただ、伝統を知らなければ新しいこともできない。40年経った今も、伝統を受け継ぎながら日々新しいことに挑戦しています」と青田さん。
武部さんはじっくりと天ぷらを味わい、嬉しそうな表情を浮かべた。
時代性と普遍性。その両方を兼ね備えた“味”に出逢えたのである。
「天ぷら 天青」のご主人、青田操さんは、15才の時から今に至るまで40年以上も天ぷらを揚げ続けている、いわば“天ぷら名人”。本人が「一瞬、一瞬が真剣勝負」と語る通り、鍋に向かう姿勢や天ぷらを揚げる瞬間の集中力は凄まじく、カウンター越しにいい緊張感が伝わってきます。
天ぷらはコースでいただくことが多いんですが、特に白身の魚が好きですね。この日もハゼや穴子をいただきました。宮城県初島産の活けハゼは身が柔らかく、また穴子はご主人の勧めで初めて醤油でいただいたんですが、これが旨い。伝統的でありながら常に新鮮さも感じさせてくれるところが、このお店の最大の魅力です。
そして、天ぷらにはやはりビールが欠かせません。料理がよりおいしくなり、その場の雰囲気も楽しくなりますから。

1957年東京都生まれ。1983年より現在まで松任谷由実さんのコンサートツアーの音楽監督を担当。また、人気アーティストのアレンジやプロデュースも数多く手掛けている。