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“やっさん”こと八島順一さんは1956(昭和31)年仙台市生まれ。元祖ハウンド・ドッグのギターリストで、『嵐の金曜日』『涙のBirthday』などを手がけたソングライターでもある。
さて、やっさんが音楽に目覚めるのは小学校5年生のときだ。初来日したビートルズ。テレビ中継を見て衝撃を受け、のちストーンズやマージービートを聴き、中学のときに見た映画『ウッドストック』の影響でガット・ギターを手に入れる。
「バンドを始めると、なぜかみんなギターでみんな野球部だった(笑)」
高校生になるとエレキギターを持ち本格的にバンド活動を始める。
「バンド名は曼荼羅と言って、セミプロみたいな年上のヴォーカリストと高校の先輩たちと、主に地元のロック喫茶で活動し、その頃のロック喫茶には本当に濃いロックファンがたむろしていました」
演奏していたのはジミ・ヘンドリックス、レッド・ツェッペリン、グランド・ファンク・レイルロードなど。(ちなみに当時仙台ではフェイスという稲垣潤一さんがいたバンドも人気だった)
また、高校の頃から作詞作曲を始めている。
「作ってやろうっていう感じではなく、ギターを弾きながら即興で何となくね。その頃はハード・ロックばかりではなく、サイモン&ガーファンクルとかショッキング・ブルーとかも聴いていたし、それはオールナイトニッポンを始め深夜放送の影響もありますね」
東北学院大学でハウンド・ドッグに参加、やっさんが作詞作曲した『嵐の金曜日』でプロデビューしたのが1980(昭和55)年のこと。21枚のオリジナルアルバム等を発表している。凄まじいのはライブ本数、年間100本以上、全国津々浦々をまわった。現在は、橋本章司氏、本間敏之氏らとのユニットバンド、ブッチャーズショップバンドで全国のライブハウスなどで活動している。
先日も仙台でのステージがあり、さすが地元だけに気合いの入った長年のファンが多く、また、同級生なども来ていた。ギターのソロになるとどこからともなく「やっさーん!」という声が巻き起こる。ロック一途に我が道を行くやっさん。
ファンは病気から立ち直り、いろいろあってもまっとうに、多くを語らずそして静かに立ち向かう言動とその姿をよく知っている。
ところでやっさんのホームグランドは二子玉川。15年も通う『ぱぱげぇの』はミュージシャンの先輩から紹介されたそうだ。その日は近くで盆踊り大会がありちょっとした祭り気分の夜だった。おすすめのメニューを教えてくれ、まずはラガーを美味しそうに飲むやっさん。70年代の懐かしいロックの話になり、やがて「ミュージシャンになろうと思った決定的なことは何?」の問いに、「高校のときの友人のおばあちゃんが、好きなことをやった方がいいと言ったから」と笑いながら話してくれた。そして最近の楽しみは27歳になる長男とのバンド結成、そろそろステージに立つらしい。
いつのまにか『ぱぱげぇの』のカウンターはお客で埋まり、テレビからはプロ野球中継が流れている。こころ安らぐひととき、やっさんはこんなところで羽根を休めていたのである。
この『ぱぱげぇの』がオープンしたのは、今から17年前(1992年)。最初は、ミュージシャンの先輩に連れてきてもらったことがきっかけでこのお店のことを知ったんですが、以来、二子玉川でのライブのあとには必ず来るようになりました。まあ、このお店のマスターとは、それ以前からこの近辺の飲み屋でちょこちょこ会っていたんですけどね(笑)。その後は、ひとりでも立ち寄るようになって、今ではもう15年ほど通い続けています。
最大の魅力は、3度のメシより料理づくりが好き(笑)というマスターが作る家庭料理。とにかく何を食べても旨い!日替わりでカウンターの上に並ぶお惣菜はもちろん、「カレーうどん」や「コロッケ」「ゴーヤチャンプルー」なども、かなりイケますよ。また、今回いただいた「いんげんのきんぴら」は、黒ごまと白ごまのバランスが絶妙。さらに、看板メニューのひとつである「サバ寿司」は、このお店に来たらぜひ味わってもらいたい一品ですね。
そして、もうひとつの魅力が、マスターのお人柄。マスターと楽しく会話をしながら味わう美味しい料理とラガーは、僕に“くつろぎのひととき”を与えてくれます。

1956年仙台生まれ。東北学院大学在学中にハウンド・ドッグに参加。1980年のプロデビュー後は、デビュー曲『嵐の金曜日』をはじめ多くの曲を作曲。その他、沢田研二氏、高橋真梨子さん、ジャニーズ・アーティスト等への楽曲提供も多数。