


| 写真/堀清英 |

音楽酒場STREET CAFE
03-3487-4886
東京都世田谷区太子堂2-23-5
19:00〜27:00(平日)
19:00〜25:00(日曜・祝)
水曜
田園都市線、三軒茶屋駅北口Aより茶沢通り沿いを徒歩3分
『シング・スモーキー/ザ・テンプテーションズ』
1965(昭和40)年に発表されたザ・テンプテーションズの2作目。ビートルズもキャロルもカヴァーした「ユー・リアリー・ガッタ・ホールド・オン・ミー」などが収録された、名作中の名作。長野さんが高校時代、キャロル、ビートルズを経て辿りついたという1枚です。

「音楽酒場STREET CAFE」のオーナー・長野豪毅さんは、1960(昭和35)年生まれの47歳。中学時代は、矢沢永吉氏率いるキャロルに憧れる、バリバリのロック少年だったそうだ。
「たまたま、テレビでキャロルのラスト・ライブ(1975年4月13日/日比谷野音)を見たんです。住んでいたところが三重県のすごい田舎で、音楽の情報もなければコンサートもめったにないようなところだったので、その映像を見たときはかなりショックでしたね。『うわっ、こいつらスゲーじゃねーかッ!』って(笑)」
それからというもの、長野さんはひたすらキャロルを聴き漁り、さらにキャロルがビートルズの曲をコピーしていたことを知ると、今度はビートルズに傾倒。キャロルを聴いて“ガビーンッ!”→モトネタ求めてビートルズ、という流れは、この時代のロック好きにはよくある話だが、とにかく凝り性で好奇心旺盛だった長野少年、それだけでは終わりません。
「ビートルズの曲は全部聴いたんですが、そのライナー・ノーツを見て、今度はビートルズがスモーキー・ロビンソンとかマーベリックスとか、60年代のモータウン・サウンドをカヴァーしていることを知っちゃったんです(笑)。で、『あっ、世の中にはこんな音楽もあるんだ!』と。それからは、モータウンにどんどんハマッていきましたね」
さらに、18歳のとき、顔を真っ黒に塗ったシャネルズ(現ラッツ&スター)が「ランナウェイ」でデビュー。で、長野さんはこれまた“ガビーンッ!”。それがきっかけで、ドゥ・ワップ・サウンドにものめり込んでいく。
「キャロルもシャネルズも、そしてドゥ・ワップも、どこか危なさというか、不良っぽさが漂ってるじゃないですか。そういった、ストリート性のあるバンドや音楽に惹かれたんですね」
さて、そんな長野さんが東京に来たのは24歳のとき。ミュージシャンを目指しての上京であった。
「高校生のとき、当時組んでいたバンドのメンバーみんなで『東京に出てバンドをやって一旗あげよう!』っていう計画があったんです。でも、卒業が近づくにつれて、メンバーの半分ぐらいが就職したり、進学することになり、結局バンドは解散。で、ぼくも一度は地元で就職したんですが、それからもずーっと『東京でバンドをやりたい!』と思っていました。そして、24歳のときにとうとう上京しちゃいました」
とはいえ、ミュージシャンとして成功を収めるなんて容易いことではない。すかさずマスター、「食べていけたの?」と聞く。
「それだけじゃやっぱり食べられなかったですね。だから、仕事がないときには建築現場で働いたりとか、バンドとバイトを掛け持ちする生活でした」
そう聞いて、マスターは「さぞやご苦労を…」と思ったのだが、長野さんは「いやいや、苦労ってほどのものじゃないですよ」と。
「もともとバンドがやりたくて東京に出てきたわけですから。現在も、高校時代に田舎で組んでいたのと同じ『ワンダラーズ』っていうバンド名で、引き続きバンド活動をしています」
長野さんは2つのソウルバンドを掛け持ちするベースマン、上京したときの志を今なお突き通しているのだ。そして、お店と両立しているのである。