ライブハウス チキンジョージ

078-332-0146

神戸市中央区下山手通2-17-2-B1F

JR、阪急電車、阪神電車、地下鉄、ポートライナー三宮駅より徒歩10分




児島さんのお気に入りの一枚
『無責任一代男・ハイそれまでョ/植木等』

『無責任一代男・ハイそれまでョ/植木等』
児島さんは大のハナ肇とクレージーキャッツのファン。そこで東宝の、クレージー映画第一弾「ニッポン無責任時代」の主題歌となった1962(昭和37)年の名作を選出。クレージーは米軍のキャンプまわりで腕を鍛えたジャズメンでもあった。


talking with 児島進さん 神戸市中央区「ライブハウス チキンジョージ」 「音楽も、水とか食べ物とかと同じぐらい必要なもんなんか」ってあんとき、あのライブで思いましたね

 「チキンジョージ」は1980年にオープン。以来、ロック、ブルース、ジャズなどいろんなジャンルのミュージシャンがライブを繰り広げ、いつも気になる存在であった。恒例だった年明けの憂歌団、上田正樹の新春ライブ、また、J-WALK、平松愛理が巣立ち、ナニワエキスプレス、ツイスト、Johnny,Louis&Char、ハウンドドッグなど、いろいろとエピソードが残る伝説ライブも数多い。
 リニューアルは今回で3回目になるのだが、まず1回目が1993年。元々キャバレー の2階で営業していたものを1階に移転した。キャパはオールスタンディング600人、ライブハウスとしては大きな箱で、有名アーティストたちが続々出演し、リニューアルが成功し順風満帆なスタートだった。

 しかし、オープンして13カ月後の1995年1月17日に神戸大震災により全壊してしまう。大変な事態、当時のことをオーナーの児島進さんに振り返ってもらった。
「店の中には入れて、PAとか音響、照明の機材は取り出せたんですけど、そのときはもう辞めようと思いましたね。何から手をつけていいのやら、やる手だてがない。建物を新たに立てていく資金があらへんなっていう、正直、音楽どころじゃないなってね」
 10数名のスタッフが崩れ落ちた建物の片付けを始めた。街の風景は一変したが、しかし、近所でバーをやっていた人々は店が壊れても、トラックやリヤカーに椅子などの荷物を積んで、壊れた店の前で路上バーをやり始めていたという。途方に暮れながらも児島さんは、何かやらねばと模索していた。その勇気は、震災のなかで懸命に働く人々たちがくれた。

 震災から4カ月後の5月3日、児島さんは、片付け終えた更地で、憂歌団の青空ライブを行った。
「憂歌団のほうからもやろうって話しがあったし、ただ、僕の気持ちの中では、これがチキンジョージの最後のライブだと思っていました。そして、やるぞとは言うたものの、こんな時期に何が音楽や、不謹慎やろっていう声もあるやろうなって思って、ほとんど告知もしなかったし、前売りなどできるわけもなく、お客さんが来るとも思えなかった」
 憂歌団のライブは15時の開演、お客さんは昼過ぎからポツリポツリと集まり始めた。まだ電車が動かない地区もあったが、しかし児島さんが思っていた以上に地元の人たちが集まってきた。当日券を求める人の列が出来はじめ、児島さんは信じられない思いでその光景を見ていた。
「まぁ言葉は悪いけど、よう着きよったなっていう。水とか食料とかも大変で、音楽どころじゃないはずなのに500〜600の人が来てくれた。やっぱり音楽って捨てたもんじゃないなって思いましたね」

 ライブが始まり、お客さんたちは待ち構えていたように憂歌団のサウンドを吸収し、次第にボルテージが上がっていく。児島さんは、何かが降りて来たような一体感に身震いした。そして、ここでもう一度やる気になった。このとき35歳、チキンジョージを始めてから15年経っていた。
「元気づけられたなって。家とかもなくなっている方も多かったでしょうし、ええ格好いい過ぎかもわからへんけども、音楽も水とか食べ物とかと同じくらい必要なもんなんかなぁってあんとき、あのライブで思いましたね。そして、初めて自分自身がライブハウスというものと音楽に向き合ったと思う。それからは、再建に向かってどんな順番で何を始めたか思い出せないぐらい走り始め、疾走感みたいなのが僕にもスタッフにもあったような気がする」
 それからわずか5カ月、その年の12月。児島さんいわく、倉庫のような「限りなく仮設に近い本設」のチキンジョージが完成したのである。
「ほんまにこの町はどうなるんやろうって思ってはいたんですけど、町っていうもんは生きもんですね。復活するもんなんですね」

チキンジョージの新しい姿は、オヤジバンドまでも包み込む

 今年の5月に3度目のリニューアルとなったチキンジョージだが、席数は以前より少ない約150席。座ってゆっくりと聴けるステージだ。
「やっぱり自分らも、僕は今48歳ですけど、オールスタンディングで見ていたらしんどいんですよ(笑)。誰にも邪魔されず、ビールを美味しく飲みながら、座ってゆっくり見たいんですよ」
 以前はキャパ800席だったのが、150席にしたところに児島さんの今後のチキンジョージに対する考えが集約されている。
「前の800席って、今の流行っているロックバンドでオールスタンディングになって悪くはないんですが、逆に僕らがオープンしたときから、ずっとお付き合いしてくれているベテランミュージシャンだと、空間的にもしんどいところもある」

 チキンジョージは今年で28年目を迎えた。児島さんは、70年代から活動している骨太で濃いロックミュージシャンたちが好きだという。
「どこか不良のイメージが残りタフで底力のあるベテランミュージシャンをメインに、集客力のあまりない若いアーティストにも門戸を広げ、そして若い頃にロックに夢中になったオヤジ世代にも使って欲しい。まだいろいろと模索しているけど、こういったことを考えると、150席ぐらいが丁度いいかなってね」

 児島さんはアーティストのブッキングの他に月に1度ほど予定している中高年のアマチュアバンド(オヤジバンド)のライブを楽しみながら企画している。オヤジバンドは増え続けているのだ。
「楽しいですよ。もともとチキンには、社会人バンドは結構いたんです。今でもイーグルスのコピーバンドをやってたり、これがウマいんですよ。それから今、ハッピーリタイアした人たちがマーチンとかギブソンとか買って、家でゴソゴソ弾いているうちにインターネットで仲間を集めてね、バンドやる人増えてますよね」
 ステージに立つオヤジバンドの面々、客席では奥様や子どもたち、友人たちが見守る。誰もが、楽しそうなひとときだ。
「この同じ場所で、今回で4回目のオープンになるんだけど、やっぱりライブハウスって時代を映していくビジネスやと思うんですよ。でも、シリアスに考えてしまうと何か行き詰まってしまう部分もあるし。結局自分ら、このお店に携わっていて、やっぱりおもしろいもん観たいじゃないですか。そういうのってお客さんにも伝わっていくと思うんですよ」

 今回は児島さんからのご馳走によりラガーを飲みながらの取材だった。マスターはすっかりいい気分だったのだが、それは児島さんもまたどこか、不良のイメージが残り、タフで底力があるからだであり、そんな人の話はやはりおもしろいのであった。


CLOSING TIME マスターの独り言

あの街、この街、ラガーのうまいお店

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