写真:大腰和則


ライブ カフェ ジャイブ

082-246-2949

広島市中区薬研掘2-13

ライブの開演は早いときで18:30〜、また20:30〜という場合もある。
(ライブのない日はバー営業)

市内電車(宮島線・江波線)胡町電停より徒歩5分




河合さんのお気に入りの1枚
「ハード・キャンディ/ネッド・ドヘニー」

『ハード・キャンディ/ネッド・ドヘニー』
1976(昭和51)年に出た、ネッド・ドヘニーの2枚目のアルバム。これは、ボズ・スキャッグスの「シルク・ディグリーズ」と共にAOR(Adult Oriented Rock)の名盤と言われている。
「AORという表現の中でボズ・スキャッグスとか、いろいろ当時あるんですけど、僕的にはやっぱりこれなんですよね。ボズ・スキャッグスはやっぱりロックだったんですよ。たぶん本当はニック・デカロのアルバムがやっぱりああいうAORのスタートだった気はするんですけど、ちょっと前ですよね。僕はこれなんですよね」


河村真作さん 広島市中区「Live café Jive」 ライブが成功したという達成感ですか、それがあるもんですから…

 河村真作さんは1957(昭和32)年生まれの50歳。小学校高学年、11歳のときに父親から小さなトランジスタラジオをもらって、そこから流れてくる洋楽を聴き始めた。そして、まずはロック好きになっていく。
「最初は映画音楽とポピュラーを何となく聞いていて、やがてウッドストックやビートルズの最後のレット・イット・ビーなんかを知るんですけど。で、僕的にはロックはやっぱりシカゴなんです」
 マスターは急にシカゴのブラス・セクションの音を思い出す。「25Or6To4(邦題:長い夜)は1970(昭和45)年の世界的大ヒット。このとき河村さん13歳。シカゴがきっかけとなって、翌年に初来日したレッド・ツェッペリンの広島公演へ行く。ここで河村少年のロック好きに完全に火がついた。もう誰も止めることは出来ません。
「その次は、ほとんどは関西ですね。中3のときに広島からエマーソン・レイク・アンド・パーマーとかフリーとか来たときは甲子園に観に行き、あとはディープ・パープル。高校になってからは本格的な初来日ラッシュが始まって、大阪でたくさん観ましたね。普通だとライブがきっかけで楽器を始める方が多いけど、僕はこんな凄いことはこんな人達にしかできないと思って、観る、聴く側にまわろうと。だから凄いのばかりを観たがために楽器はできないですね。よく笑われるんですけど」
 この気持ちマスターはよーくわかます。だって凄い人たち見ちゃうと、どうしていいのか分からなくなりますもんね。で、河村さん「結局いちばん欲しいものがロックのレコードですから、レコード店に毎日のように行って、レコード店の皆さんと親しくなって、手伝わせてもらったりしたりして(笑)。で、そのレコード店にアルバイトから入っていって社員になっちゃったんですね」という。お昼ご飯代以外のほとんどをレコードに費やす。ここでマスターも当時、学校の帰りに必ず立ち寄ったレコード店を思い出す。縦に並びビニール袋に入っていたLPを両手でパタパタとかきわけて、欲しいところで止まる。「そのアルバム自体の音がジャケットでも表現していたような気がするんですよね。だからトータルで作品っていう感じがしていましたね」と河村さん。マスター、いいことおっしゃると、激しくうなずく。

好きなだけじゃできないけど、でも、好きじゃなきゃできない

 河村さんに転機が訪れるのは、いつものように仕事で行ったコンサート会場でのこと。そのアーティストのレコードを販売し、その後、わずかな時間でライブを見ていたとき、ふと「あれっ」と。
「自分の好きなアーティストで、コンサート会場後ろで腕組んでいるのがものすごい辛くなって。で、お客さんで行きたいなと思うようになり、1回ちょっとリセットしようと辞めたんです」
 その後、音楽の世界から離れた仕事をし、8年前にライブハウスの世界に飛び込んだ。
「ここJiveは以前、ジャズクラブでした。僕はその延長線上でジャズのオールジャンルをやるのではなく、いろんなジャンルのミュージシャン、いろんな人たちが集まって、ワイワイやってくれたら楽しいなと思って。できたら1年中、あそこに行ったらビールが飲みたくなるよね、みたいな、そういうイメージで取りかかりました」
 キャパはテーブルを入れてゆっくり座って50席。ときにはテーブル外してスタンディングでも。これまでのライブの思い出をお伺いすると「デビューのときからお付合いの角松敏生さんとか、ギターリストの梶原順さんをはじめ数多くのミュージシャンの皆さまに来ていただいています。特に、大坂昌彦さんとはご縁があって、ライブ・レコーディングやろうよっていう話になって、1発録りでしたから、余計な音が入らないかどうかとか凄く緊張しましたよね」(大坂昌彦さんのアルバム「HOMMAGE」は07年12月にJiveにてレコーディングされた)
 ところで、Jiveは毎日のようにライブが行われている。アーティストのブッキングも河村さんが担当している。
「多分どんな分野の人でも同じだと思うんですけども、好きなだけじゃできないって言うじゃないですか。好きな人がやると趣味になっちゃうって。でもこの仕事もやっぱり好きじゃないとできないし、でも、好きだけじゃできない。矛盾した話ですけどね(笑)。しんどいことが多いけど、だけどなんかひとつライブが成功すると、それがきっかけでまたワクワクしてしまうんです。その成功したという達成感ですか。そういうものがあるもんですから、なんだかんだ言いながらも続いています。それと僕自身が楽器をできないものですから、ミュージシャンに対する強い憧れがあるんですよね。で、自分がずっとそのライブに参加したかったタイプですから、自分がお客さんの立場で観たいな、やってみたいなっていうところをポイントに置いてやっています」
 河村さんと話をしていると、何故だか、音楽を四六時中夢中になって聴いていた高校時代、コンサートでのドキドキした興奮を思い出した。Jiveにも河村さんのピュアなハートから発せられるクールなんだけど、音楽に対する熱い気持ちがそこかしこに漂っている。ライブが終わって飲むラガーはさぞや美味しいのでしょうね。


CLOSING TIME マスターの独り言

あの街、この街、ラガーのうまいお店

味の継承 郷土料理を自分で作ってみよう!


飲酒は20歳になってから。飲酒運転は法律で禁止されています。
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