ジャズ イン ラブリー

052-951-6085

名古屋市東区東桜1-10-15

OPEN 18:00〜3:00(2:20L.O.)

市営地下鉄「久屋大通駅」下車、南改札口から地下セントラルパークを通り、5aまたは5b出口より徒歩2分




河合さんのお気に入りの1枚
『ナイト・ライツ/ジェリー・マリガン』 『ナイト・ライツ/ジェリー・マリガン』
ジェリー・マリガン(bs、p、cl)、アート・ファーマー(tp、flh)、ボブ・ブルックマイヤー(tb)、ジム・ホール(g)、ビル・クロウ(b)、デイブ・ベイリー(ds)といった凄いメンバーたちによる作品。1940年代後半から50年代にかけてウエストコーストジャズの代表選手ジェリー・マリガンの一枚だ。FM東京でジャズ評論家の油井正一氏の番組「アスペクト・イン・ジャズ」のテーマソング。「コアな感じでもハードでもないんだけど夜中にぴったりだった。癒しジャズかな」と河合さんはいう。

河合勝彦さん 名古屋市東区「jazz inn LOVELY」 僕はエネルギーもらいましたね。ジャズという音楽から…

 河合勝彦さんは東京生まれの東京育ち。中央大学に入学した1963年、友人に連れられ初めて、アート・ブレイキー、ジョン・コルトレーンが流れるジャズ喫茶へ入った。
「それまでラジオで洋楽のヒットパレードなんか聴いていましたけど、えらく感激しまして。ジャズは精神的なものを揺さぶりガタガタさせてくれるっていうか、精神的なものに入りこんでくるような音楽ですね。そんなところに魅力を感じました」
 以来、神田、新宿、銀座あたりにあったジャズ喫茶や、ヴィレッジ・ゲート、DIG(植草甚一さんが通った)、ピット・インなどへ通い詰める。当時コーヒー1杯150円でじっくり粘った。河合さんは1944(昭和19)年の生まれで、大学時代(63年〜)はアイビー・ファッション(日本のアイビー第一期黄金時代、みゆき族登場)に身を包み、雑誌平凡パンチからイカした情報を入手していた。当時ジャズとアイビー・ファッションはモダンな香りのする今でいうクールな関係だった。
 河合さんは3年で大学をやめ、飲食店のアルバイトで貯めたお金でさっそく独立したのだ。23歳のときに長野県松本市で小さな土蔵の家を借り、英字新聞を壁にペタペタ貼って念願のジャズ喫茶を始める。しかし2年で潰れた。借金を抱え、ボストンバッグ二つだけ持って名古屋へ向かった。23歳でお店を始めたのも凄いが、ここからはもっと元気だ。昼は廃品回収、夜はバーテンダーの仕事で借金を返し、よく行っていた喫茶店のママからお店を買わないかと誘われ、再起! ジャズ喫茶をスタートさせたのである。今の「jazz inn LOVELY」のある場所ではなく、それは今の栄ウォーク街(かつての女子大小路)にあった。1970(昭和45)年のこと。そして、レコード・ジャズがフリーに突入したのを期に河合さんはライブを手掛け始める。
「ジャズの一番のよさはライブしかないと思って、その頃いた学生のお客さんに手伝ってもらって1週間でステージを作り、楽器を置いたんです。当時の名古屋にはそういうライブハウスはあまりなくてね。するとコンサート後のミュージシャンたちが遊びに来てくれるようになり、山下洋輔さんなんか店に入ってきて、そのまんまピアノの前に座って演奏を始めたりして。もう35年以上も前のことですけどね」
 在名古屋のミュージシャンを基に月一回程度、東京からのミュージシャンのライブも手掛け、この間に渡辺貞夫をはじめ、菊池雅章、日野晧正、渡辺香津美等との交流が始まる。
 そのお店は狭く25席だけだったが、1976(昭和51)年に現在の東区・東桜(テレビ塔東)に80席の「jazz inn LOVELY」をオープンさせ、本格的にライブを始めた。日本のジャズ・プレーヤーばかりではなく、ジュニア・マンス、マックス・ローチ、アニタ・オデイ、アール・ハインズ、ジョン・ルイスなどなど、数多くのミュージシャンのライブを行う。アメリカのプレーヤーたちが来日し西へ行く場合、最初にここにブッキングが来るようになり、その後、京都、大阪へ。
 やっぱり一途な人に神様は微笑むのであろうか。しかし、河合さんはこうも言う。
「いろいろなジャズの人たちにお会いできて有り難いことだと思いますよ。でも人には絶対すすめられる商売じゃないですね。ライブがいつも満員ということはないし、浮いたり沈んだりいろいろだから。僕は一時儲かったときにレストラン・バーと居酒屋を始め、両方で“なんとか”補っていますから(笑)」
 “なんとか”っていうところに河合さんの人生の余裕を感じてしまったのだが、それは好きな音楽をいつもライブで聴いているからだ。
「実は僕はソロもデュオもあんまり好きじゃないんですよ。やっぱりトリオなり、クインテットなり、みんなで出し合った音で相互を関係しあったなかで触発されていい音が出てくる。それはその日、そのときしかないもの。音は音源を録ってなかったら、もう空気のなかに飛んでいっちゃうわけでね。1日1曲でもいい曲があれば幸せを感じる。そんなときのビールは僕ばかりではなくお客様もとにかく美味しいでしょうね」
 その光景がマスターの脳裏に浮かんだ。プレーヤーたちのヴァイブレーションが合って、何だか凄いことが起こっているというひとときだ。
「いやぁそれは自分(演奏者)たちもわからないって言っている。何でそんなによくなっちゃったのかもわからない。そこがまた面白いところですね。自分のソウルが出て、自分の心が出て、まがい物でもなくて、自分っていうものが出されている、その人ってことなのかな。僕はエネルギーもらいましたね。ジャズという音楽から」

 お店では、この夜出演のプレーヤーたちがリハーサルを終え、お客たちが入りだしてきた。インタビューを終えた河合さんは仕事に戻る。河合さんの人生が詰まったステージがすぐそこにあり、今夜のライト・アップを待っていた。


CLOSING TIME マスターの独り言

あの街、この街、ラガーのうまいお店

味の継承 郷土料理を自分で作ってみよう!


飲酒は20歳になってから。飲酒運転は法律で禁止されています。
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