(高中さんの活動は約1年)後、加藤氏から誘われてミカ・バンドへ。また、成毛氏と加藤氏は、高中さんが高校のときに結成したエスケイプというアマチュア・バンドのステージを見に行っており、そのギターテクニックは本人の知らないところですでにマークされていたのである。

「高校生のときはファースト・マンという会社が出していた2万円ぐらいのモズライトのコピーを使っていました。かたちはほとんど一緒だった。それとモーリーという会社がフェンダーのジャズマスターをコピーしたギターも。これは1万いくらで、中学の頃は、バーンズ・ギターに憧れていましたね。高くて買えなかったけど、先が、バイオリンみたいに丸くなってるやつ。本当に欲しかった。どんな音楽が好きだったかというと、いろんなものが好きでしたね。イエスはかなり好きだったし、ディープ・パープルみたいなイギリスのハードロック系、それからギルバート・オサリバンなんかのきれいなメロディの普通のポップスもよく聴いていました」

高校生の頃から注目される存在に

 1972年(昭和47年)、サディスティック・ミカ・バンド(加藤和彦、ミカ、高橋幸宏、小原礼、高中正義)は、ファースト・アルバム「サディスティック・ミカ・バンド」を発表。のち1974年(昭和49年)セカンド・アルバム「黒船」(今井裕加入)、1975年(昭和50年)サード・アルバム「ホット!メニュー」をリリース。この年、いよいよ渡英することになる。(加藤和彦、ミカ、高橋幸宏、後藤次利、今井裕、高中正義)イギリスではロキシーの前座とはいえ、ロキシーの時間を大幅に食ってしまったり、また『塀までひとっ飛び』は特に評価されたと言われている。
「ノった演奏のときは、ワーッと拍手や歓声もあり、それなりに嬉しかった。まあ多少評価はされたけど、でもその頃は、自分たちは上手いんだという自意識がとても強かった。実際、ロキシーは、そのころの僕から見ると、単純な


CLOSING TIME マスターの独り言

あの街、この街、ラガーのうまいお店

味の継承 郷土料理を自分で作ってみよう!


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