ルキノ・ヴィスコンティ(1906-1976)は『郵便配達は二度ベルを鳴らす』『山猫』『ベニスに死す』などの作品で知られた20世紀を代表するイタリアの映画監督。没後まもなく東京の映画館では追悼の映画が上映され、ファンだった立川氏はかつて見た映画をこのときに何本となく見た。
 
「その頃はDVDなんてないから映画館で『家族の肖像』なんかを改めて見て、やっぱり凄いなと思った。失われていく古いものと新しく出てきた世代との対決みたいなのがあって、そのとき、今思えば映画のなかに入りこんだような状態になっていたんだろうね。何かやりたいなぁと思った。最初は音楽。ヴィスコンティの映画音楽って全部いいし、17作品のすべての映画のサウンド・トラック全集みたいなものを作ったら面白いんじゃなかとまず考えた。当時、六本木の『東風』っていう溜まり場があって、そこで編集者たちやいつも集まっている仲間にその話をしたら、みんなが『そんなの出来る訳ないじゃないですか』って(笑)」

 思いつきはアバウト、しかしクールに進行していく立川氏であった。もちろん動きも早い。まずは日本の配給会社、東宝東和に相談へ行く。そこでヴィスコンティの妹のご主人フランコ・マンニーノ(『ベニスに死す』『ルードリッヒ』『家族の肖像』の音楽監督)と連絡をとれることとなり、やがて関係者が立川氏の思いをイタリア語に訳し、フランコ・マンニーノへ手紙を送ると、これが2週間後に返事が来た。
 
「会って話を聞いてもいい、ローマに来なさいと。今でも覚えているけど向こうが指定してきたのが10月の何日と12月の何日の2日しかないわけ。もうゲームだよね(笑)。そのときはぼんやりと、レコード会社はどこどこがいいぐらいにしか考えていなくて、これは行っちゃった方がいいかもしれないと思ってね」

 空港にはフランコ・マンニーノ自ら出迎え、翌日ミーティングが開始された。立川氏の企画は「いいじゃないか」となり、ディナーの招待を受けた。その席にはローマやミラノから親戚も呼ばれていた。立川氏はそこで写真集の企画を思いつき、話すとこれも親戚中から受け入れられてしまったのである。とんとん拍子に事は進んでいるが、とんとん拍子に事は進んでいるが、そこはイタリアの名門ヴィスコンティ家の一族、いくつもの目が立川さんを見ていた。その後再度ローマへ渡り、好きにしてよろしい的な通達を受けた。
 
 このプロジェクトは、ヴィスコンティの全17本の映画すべての音楽が10枚組のボックスセットで発売され、その生涯を辿った写真集の出版(篠山紀信氏撮影)、またFM放送での特集番組、そして立川氏が招聘したフランコ・マンニーノ指揮による東京フィルハーモニー交響楽団演奏会が開催された(フランコ・マンニーノ氏まで呼んでしまったのだ)。


CLOSING TIME マスターの独り言

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