1970年(昭和45年)から、狭山市営住宅として一般に開放され、林氏もそこで暮らしていた。余談ながら、ここにはサディスティック・ミカ・バンドのレコードジャケットやVANのTシャツのデザインを手がけたデザイン集団MU(ムウ)が暮らし、アメリカ製の家具や雑貨に囲まれて生活していた。当時の若者文化の最先端、憧れのライフスタイル、そんな環境のなか林氏は音づくりをしていた。

「新しいことがもう、日がわりメニューで出てきたんですね。ちょっと油断すると、えっ、こんなことをやってるやつがいるの? みたいに、それがみんなおもしろかった。全部、前例がないような、これは何系とかというんじゃなく、もう本当に音楽がおもしろい時代でしたね。その頃キャラメル・ママは、マッスル・ショールズ(アラバマ州の小さな町、マッスル・ショールズに1959年、フェイム・スタジオができ、音楽好きの若者たちが集まる。ジミー・ジョンソン、バリー・ベケット、デイヴィッド・フッド、ロジャー・ホーキンスの4人で、

マッスル・ショールズ・リズム・セクションとして数多くのレコーディングに参加する。名盤、名曲を生み出す)を意識していましたね。だから、自分たちのリズム・セクションで、それぞれのアーティスト、シンガーを素材として、どんな料理ができるかみたいなことはすごく意識していたと思います」

イマジネーションで創る独自の世界

 ところで、林氏は、ドラマーという存在はあんまり興味がないという。それは彼がずっと聴いてきたレコードの影響に思われる。リスナー的なイマジネーションから林氏の世界がつくられていくのではないだろうか。
「僕はサポートのドラマーというのは好きなんです。表に出てくるんじゃなくて。だから、例えば、オスカー・ピーターソン・トリオのエド・シグペンというのは、もう本当にレイ・ブラウンとエド・シグペンで、オスカー・ピーターソンのソロの土台をずっと支えているみたいな、ああいう感じのドラムが好きなんですね、


CLOSING TIME マスターの独り言

あの街、この街、ラガーのうまいお店

味の継承 郷土料理を自分で作ってみよう!


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