きっかけはHOSONO HOUSE

 林立夫氏は東京・杉並の出身。音楽好きだった7歳年上の兄の影響もあって、中学生の頃からエルビス・プレスリー、オスカー・ピーターソン・トリオ、レッド・ガーランド、ビートルズなどを聴きだす。青山学院中等部3年のときにムーバーズという4人組のバンドを組む。メンバーには小原礼氏(b)がいた。(その後、サディスティック・ミカ・バンド)ムーバーズはキンクスやゾンビーズなどの曲を演奏し、高校生になると、大学生たちのダンス・パーティーに出演するようになる。その後アマチュアバンドのコンテストに参加する機会があり、そこに審査員として来ていた細野晴臣氏と知り合う。

「細野さんは僕より4歳年上ですが、当時、高校生の僕たちから見たらすごく大人の感じでした。細野さんの家に行くと、僕なんかが聴いていたレコードじゃないのがあったんですね。そこで、バッファロー・スプリングフィールドって初めて聴かせてもらったし、

あと、モビー・グレープが印象に残っている。それから、キャラメル・ママを結成することになったのは、鈴木茂さんと細野さんがはっぴいえんどを解散し、僕たちは、たまたま松任谷正隆さんと小坂忠さんとフォージョーハーフというバンドをやっていて、やりたい方向性というのがちょっとずれてきて、結局、何だかなあというときに、『HOSONO HOUSE』というアルバムをつくったんです。そのときにたまたま集まったメンバーが、あの4人だった。で、これで何かやったらなかなかいいんじゃないか、という感触があって、割とスムーズに音づくりができた。それじゃバンドをやろうかとか言っていて、キャラメル・ママになったと思います。だからきっかけは、あの『HOSONO HOUSE』ですね」

 キャラメル・ママはバッファロー・スプリングフィールドに代表されるアメリカ西海岸のロックに影響を受けている。当時の林氏のファッションはネルシャツに、はき古されたリーバイス、そしてワークブーツ、また、埼玉県狭山市の米軍基地に建てられた米軍ハウスが、


CLOSING TIME マスターの独り言

あの街、この街、ラガーのうまいお店

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