


まずは、アコーディオンの魅力について、coba氏ならではの興味深い話から始まった。
「この楽器は大変人間に似たキャラクターを持っていて、肺に相当するのが蛇腹、ここで空気を吸ったり吐いたりしながら、声帯がリードで、鍵盤やボタンは唇です。おそらく世界中の楽器のなかで、これほど体に対する密着面積の大きい楽器はないと思います。僕が学んだイタリアのルチアーノ・ファンチェルリ音楽院の校長に『アコーディオンは、演奏者にとってのパートナー。大事な伴侶だと思って扱いなさい。そうすれば本気で、語ってくれるだろう』と教えられました。演奏するときは、本当に、パートナーをぐっと抱きしめながら表現する気持ちです(笑)」
coba氏は高校を卒業すると半年ほど東京でイタリア語を勉強し、ヴェネツィアにあるルチアーノ・ファンチェルリ音楽院・アコーディオン科に留学した。
「イタリアでは、最初の半年はパニックでした。というのは、僕が親から受けてきた教えは、能ある鷹は爪を隠すもの、自分をあまり表現しすぎず、いつも慎ましくして相手を立てるというものでした。ところが、イタリアでは、誰もが好き嫌いははっきりと自己主張するし、表現の物差しがまったく違う。バスに乗れば皆が遠慮なしにこちらをじろじろ見るし、誰もが長いバカンスをとるし、これはなんだと(笑)。ところが少しづつその状況に慣れ始めると、イタリアの人たちは自らの欲望に忠実で、その欲望が興味を産み、興味が文化を産むのだということが見えてきたのです。それまで僕は、何のために音楽をやるのか、アコーディオンを弾くのか分からなかった。でも、欲望上手になればいいんだと分かったときから、自分なりの法則が出来てしまい、これは今でも変わらない信念です」
coba氏は、3歳のときから音感教育でピアノを習うなど音楽に接し、小学校4年生のときに父からアコーディオンをプレゼントされている。食品会社に勤める父はコツコツと何年もお金を貯めてイタリア製を購入し、また、休みの日は必ずアコーディオンに触れていたという。
「僕はピアノを習っていましたから、わりと自然に弾けるようになりました。で、その後この楽器のことを知るにつけ、世間では伴奏楽器としての古いイメージでしか認知されていない状況を、目の当たりにすることになります。ギターやエレクトーンをやっている友人もどうしてそんな楽器をやるの?なんて言うし(笑)。僕は小4の頃から、こんなに素敵でキュートで夢のある楽器が、何で主役にならないのか不思議だった。だったら、いつか自分の手で、この楽器を日の当たる場所へ出してやるぞって怨念めいた気持ちですらいたのです」