そして、近田氏はその頃バンド活動を始めることとなる。
「六本木に溜まり場があって、そこで出会ったやたら音楽に詳しい知人から『一緒にバンドをやらない?』って誘われ、日劇のロックカーニバルでロックをやるようになったカルメン・マキのバックで、キーボードを演奏することになった。その頃は毎日毎日が濃密で、ドラマチックで面白かったんだけど、僕は学生気分だから、これで食べて行こうなんて気はまったくないわけ。全体的にロックミュージシャンの人数も少ないし、バンド契約したり、そのうち日比谷野音のコンサートに代役で出たりしているうちに裕也さんから声をかけられて。これは嬉しかったですね」

 内田裕也氏のバックバンドでキーボードプレーヤーとして活躍後、1974(昭和49)年に近田春夫&ハルヲフォンを結成する。
「ハルヲフォンを始めてから、当時はレコードデビューすると各放送局のオーディションを受けないと出演できなくて。で、オーディションに行ったら少しでも印象よくしたいと思って、喋りには気をつけていたんです。昔、グループサウンズの人たちって喋りが楽しくて、それから僕は布施明さんのバックもやったことがあって、布施さんの喋りは相当面白くてね。また、その頃六本木のゲイバーに凝っていて、そこのミキオさんの話がメチャメチャ面白くて、GSや布施さんやミキオさんやいろんなミックスした感じで、とにかく印象よくしようとオーディションで喋っていたら、TBSの有名なディレクターが『音楽はひどいけど喋りが面白いから『ギンザNOW』に出させてやるぞ』って。メンバーも僕だけの出演だったけど面白がってくれて、それで引き受けたんです」

 夕方の5時からTBS系で始まる『ギンザNOW』に出演した近田氏。独特の臭覚が先端の情報を嗅ぎ付け、それを分析し早口でまくしたてるのだが、一般人はついていけない。パブリックイメージとしては、見るものには異端さを印象づけた。
 
 


飲酒は20歳になってから。飲酒運転は法律で禁止されています。