


今回の「MUSIC MAN」は近田春夫さん。マスターが初めて生の近田さんを見たのは六本木のライブハウス「KENTO’S」であった。時は1976(昭和51)年、映画『アメリカン・グラフティ』の影響でロックンロールブームがやってきて、若者たちは「KENTO’S」でライブを聴きながらツイストを踊ったのである。そこに近田さんはダーティー・サーティーズのメンバー(キーボードを担当)として出演していた。マスターは21歳、近田さんは25歳ぐらいだったと思う。
ダーティー・サーティーズは『ブロード・サイド・フォー』の黒澤久雄氏、GS『ヴィレッジ・シンガーズ』のドラマー林ゆたか氏、GS『スウィング・ウエスト』のギタリスト山本徹氏、『バニーズ』のギタリスト鈴木義之氏、「若いって素晴らしい」や「トマト・ジュース乾杯」のヒットを飛ばしたアイドル歌手・槙みちるさんがボーカルで、当時としては凄い面々だったのある。そこに近田さんがいて、やっぱり凄い人なんだと思った覚えがある。
ダーティー・サーティーズは「ダイアナ」とか「オーキャロル」なんかを演奏し、お客はツイストを踊るのであった。で、元スパイダースの面々や芸能人のお客も多く、毎夜大盛り上がり、有名人の飛び入りもよくあった。
マスターはここでも踊っていたのである。ツイストは見よう見まねで踊れるものなのだが、大きく分けて、大人しく踊る人と騒がしく踊る人の2タイプに別れる。大人しく踊るタイプは曲になんとなく合わせて手を振りながら、腰を振る。それだけです。全く他人には迷惑をかけないもので、マスターはこのタイプであった。(場が場だけに緊張していたということもある。ムッシュかまやつさんなんかもいたんだ)
騒がしく踊る人っていうのは、踊りながら踊っている他の人の両足の間に足を入れて、のけぞりながら踊るのである。相手もこれに合わせて一緒にのけぞったりして、さらに騒がしいタイプは腰を落として上下しながら踊るのである。何でそんなことをしているかというと、ノッているからである。昔も今もノッている人は手のつけられないエネルギーを発し、それなりに場を盛り上げているので、イイもワルイもない。どっちかっていえばそれなりに見応えがあってイイのだ。

とにかく「KENTO’S」は凄かった、踊る人もミュージシャンたちも汗だく。男性客はリーゼントのヘアスタイルの人もいて、Tシャツの袖をまくって、そこにタバコ(キャメル)をはさめたりして、アメリカン・グラフティの影響を受けていたんだね。それからチークタイムっていうのもあったと思う。ライトが落ちて薄暗くなりイケナイ雰囲気。マスターは経験なし、そこはそれなりに実力のある名のある強者どもの世界だと思っていたのである。マスターは100%男の友人と行っていたのだが、「KENTO’S」を出ると飲み直しで居酒屋へ直行。汗もたっぷりかいて緊張感もとれて、男っぽく大びんラガーをグッと持ってグラスに注ぐ。このときばかりはロックンローラーを気取ってワイルドに飲む。旨いやら、ほろ苦いやらで、モテなかったんだねー。