


「探訪ノート」にご登場いただいた八島順一さんとは何度となくお酒の席を一緒にさせていただいている。もうかれこれ40年ほどの付き合いになるのだが、彼の高校生のときのファッションを突然思い出してしまった。それは冬の頃の黒のダッフルコートにホワイトジーンズ、靴は確かデザートブーツだったと思う。何となくアイビーファッションで、ギターケースをかかえロック喫茶に出かけて行った。
中学のときからまわりのみんなは、八島さんは将来必ずミュージシャンになると思っていた。それはとにかく誰もかなわないほどギターが上手で、マスターなんかもギターをやっていたが、八島さんがボブ・ディランの曲をハーモニカを吹きながら演奏したのを見たとき、Aマイナーだ、Cだ、Fだとやっとこさ弾けるようになった自分自身の自信が根底から崩れ落ち、これはどんなことをしてもかなわないと思った。お前はもうギターをやめなさいという天の声が聞こえてきたのだ。(やめといてよかった!)
プロになる人って何か生まれもっているものがある。それから即興で作詞作曲するのも見ていたぞ。誰か仲間が「やっさん、何かオリジナルやってよ」と言うと、すぐに「まったく知らない男のブルース」などと言い、ギターでの弾き語りを始めた。とにかくそこにいた仲間たちはスゲェーと思いながら黙って聴いていたのである。ここでもマスターは音楽の道には進まない方がいいと再び天の声を聞いたのである。こういうことは中学で野球部に入り、小学生のときまでは将来はプロ野球選手になりたい、自分ならなれるはずだと思っていたのが、入部1日目で凄くうまい先輩なんかの守備を見ただけで「あはははは」っと薄ら笑いをしながら諦めるのと一緒であります。みなさんもこういった経験ありませんか?
さてさて八島さんと70年代当時のラジオの深夜放送の話になったんだけど、中学の頃はトランジスタラジオが宝ものだった。お弁当缶ぐらいのサイズで、夜は受験勉強などといいながら遅くまで聞いたものです。ロック、ポップス、映画音楽、そして歌謡曲が流れ、マスターが特に覚えているのはフランシス・レイの『白い恋人たち』がラジオから流れたとき「世の中には何といい音楽があるんだろう!」と興奮したものだ。大人になったらこういう曲が流れるなか女性と交際してみたい、しかしそんな大それたことは自分にはできるのだろうか?と少年の苦悩は始まるのであった。誰かが映画『スタンド・バイ・ミー』について言っていたけど、男は中学2年ぐらいまで女性を意識せず、それ以降はずっと女性を意識して生き続けるそうだ。わかるなぁ、マスターが『白い恋人たち』を聴いたのは中学3年のことで、もう始まっていたんですね終わりのない苦悩が。

ところで八島さんと飲んだその夜、まずはキリンラガーの生で乾杯。一口飲むと「クーッ」と身体に染み渡る余韻にもだえ、「何でこんなにビールって旨いんだ! これと同じこと全国で20万人ぐらいは言っているよね」などと話す。その後共通の友人に電話するとカラオケで盛り上がっていました。また、なぜか共通の他の友人から今度は電話があり、これまた飲み会をやっていた。もはや苦悩のかけらもない友人たちであった。