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2010.02.01UP

ハワイの話

たまに知人に「お前はとてもツキのある男だよ!」と言われる。
そうかな?そうだったかな?そうなのかもな(笑)。

毎度ばかばかしい話を一席。

前々回のブラジルの回を書いていてふと思った事があります。
僕は何かあるジャンルについて深く知りたいなと思っていると
何故かその道のオーソリティーと言われる方に運良く出合う事ができ、
一番濃い部分を教えて頂けるチャンスに恵まれるという事が多々あります。

二十歳頃の僕はハワイにぞっこんで(古っ!笑)まだ見ぬその土地に行ってみたい
を通り越して住んでみたいまで(妄想が)すすんでいた。
今思えばそれならお金を貯めてまずは行ってみれば良かったのですが、
当時のバイト代のほとんどは飲んでしまって(苦笑)、後は少しの楽器に化けたのです。
そう言えば何故か大学生の頃に自分で「ハワイアン・サークル」なるものをつくりました。
サークルの最終目標はホノルル・マラソン参加でしたが、
当面は大学内の胸像という胸像にアロハ・シャツを着せるという幼稚なイタズラばかり。
何がしたかったのでしょう?あの頃の僕(笑)。

そんな二十歳頃の僕はまたしてもラッキーな出会いをしました。
僕の師匠である山内雄喜氏と出合ったのであります。
当時、山内さんの存在はもちろん知っていて丁度その時期も
ハーブ・オオタさんとの共演盤をレコ屋で予約していたりしていたのです。
たまたま当時よく手伝っていたアーティストのレコーディングの現場に山内さんが現れたのです。
「ああっ!はじめまして!」って言ったか言わないかは忘れてしまいましたが
それからほどなくして僕は山内さんに弟子入りしました。

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大推薦三部作と記念すべきデビュー版

まぁ、弟子入りといっても僕は山内さんのお宅にお邪魔して
100本以上はあるであろうスティール・ギターの名器に毎回少しずつ触れさせて頂いて、
数年ぶりに弦を変えたり、通電させたり、あるいは名盤の数々を聴かせて頂いて、
最終的にはお寿司をおごって頂いて、お酒も頂いて、、、
、、、結局は新手のたかりですね(笑)
でも山内さんが誘ってくれたおかげでサンディーのバックバンドで演奏したり、
色んな場にいつも僕を誘ってくれました。

ふたりでも何度も演奏しましたが、
気をつけるべきは山内さんがウクレレを持った時で、
ウクレレ持った山内さんはまさに演奏する凶器(笑)。
と言うのも勝手にどんどん楽曲内で転調しちゃうんですよ。
ステージ上であれれ?って僕が焦っているとニヤニヤして気がついた頃には
また別のキーに転調するというイタズラ師匠(苦笑)
「漣くんね、家でまじめに練習してたって頭の中が白くなんないでしょう!
白くなってからがその人の本当の実力が出るんだよ。」
さすが師匠、良い事を言うなと思った矢先、
「僕なんて毎回真っ白だよ」って(笑)。
命がけでダメ弟子を鍛えてくれてたのですね(笑)。
おかげで僕は転調or移調には恐ろしく強い男になりました。

山内さんは日本を代表するスラック・キー・ギター(ハワイ特有のギターの演奏法と言うか
、、、検索!検索!ちなみにそれによりスティール・ギターの奏法が産まれました)の第一人者であり、
またリアル・ハワイを世に伝える伝道師としてしられる方です。
ギネスブックにハワイ通で第三位として記載されているとか。
ちなみに一位二位ともにご老人だからもうすぐ僕が一番だよって、どこまでがホントか(笑)。
少なくとも山内さんが僕の人生観に多大なる影響を与えてくれた事は確かです。
どんな事案にも二言目には「イィネぇ~~、ハワイだね~~」っていう軽さ(笑)。
これまた僕の心の師=高田純次先生に通じる軽さに今だに脱力してしまいます。
先日、師匠とライブでご一緒した際も
「漣くん、僕ね最近ビール・ダイエットしてるんだよ!知ってる?」
って言うので「何ですか?それ」と尋ねたら
「一日にね、ビールは二杯まで。飲んでる間はね、おつまみを食べるの。
二杯飲み終えたら他のお酒に切り替えるんだよ。焼酎とかにね。」って(爆笑)。
それってただ飲んでるんじゃないっすか!
僕は山内さんに出会ってハワイよりも山内さんそのものに興味が沸いてきました。
山内さんの音の粒と言うか音色は僕が今まで聴いたどのギタリストとも違って
もっとなんと言うかホッコリしたものだったのです。
あの音は負の要素を全く感じさせないあの独特のオーラから発せられているのでしょう。
文面ではまだまだ伝えられないのがもどかしいです(泣)。
あの音色も人柄も。

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師匠の師匠、故レイ・カーネさんとの共演盤とオオタさんとの共演盤

残念ながら旧山内邸は失われてしまいました。
知る人ぞ知るコンニャクの名店だったあの家の二階の扉は
きっとハワイに通じていると当時は信じて疑わなかった。
そう山内さんは多くのハワイアン・レジェンドと同じく
パートタイム・ミュージシャンを貫いているのであります。
山内さんのコンニャクはお世辞抜きにとても美味しくて
お店が無くなってしまったのが残念でありません。
ある時期、僕も山内さんを模倣してそういう生活(パートタイム・ミュージシャン)を
しようと試みましたが、、、、それは恐ろしく大変でした。
山内さんがそれでも元気にあの笑顔で演奏していた事は超人的な事だとあの時知りました。
そう気がついて音楽だけの生活を初めて、それでも今どうにかなっているという事は
やっぱり僕はついているのかもかも知れませんね。

今日はここまで、次回はハワイでの出来事についてあれこれ思い出してみます。


高田漣

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高田漣(ミュージシャン)
1973年、日本を代表するフォークシンガー・高田渡の長男として生まれる。14歳からギターを始め、17歳で、父親の旧友でもあるシンガーソングライター・西岡恭三のアルバムでセッション・デビューを果たす。現在は、スティール・ギターをはじめとするマルチ弦楽器奏者として細野晴臣、高橋幸宏、ハナレグミ、アン・サリー、畠山美由紀、Human Audio Spongeなどのレコーディングやライヴで活躍中。ソロとしても今までに5枚のアルバムをリリース。2008年には、高橋幸宏、原田知世、高野寛、高田漣、堀江博久、権藤知彦の6人で「pupa」を結成し、デビュー・アルバム『floating pupa』を発表している。同年、崔洋一監督によるショートフィルム「ダイコン」(小泉今日子主演)の音楽を担当。
【official web site】 http://www.tone.jp
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