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2009.02.20UP

ザ・バンドとある貧乏一家の話

毎度ばかばかしい話を一席。

今年の始めに細野さんのレーベル、デイジーワールドの新年会&ライブで
2曲もザ・バンドのカバーを、しかもところどころ細野さん自身の日本語訳詩で歌われた。
こんなステージをご一緒出来るなんてこれは感慨深いなと人知れず涙していると(嘘)、
細野さんがステージ上で「漣くんのせいでやりたくなっちゃった」とありがたいやら照れくさいお言葉。
バンド、バンド言ってましたから、、、スイマセン(笑)

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実は年明けからザ・バンドづいていました。
それは何故かというと去年のクリスマス・イヴの細野さんとシャイネスのライブの際のBGMで
トリビュート盤が流れていたからなんです。
あの時楽屋で諸先輩方とかなり盛り上がりました。
僕自身ここ数年この手のレイドバックした音は避けていたので新鮮に聞こえ、
スル~っと入ってきてしまった。
その後うかつにもそのトリビュート盤だけではあきたらず、ホンマルに突入してしまった。
まさにアクロス・ザ・グレイト・ディバイブ。
まだ中学生だった頃の僕には分からなかった独特なコードワークやリズム解釈。
久々に聴くロビー(・ロバートソン)のギターの音色は
僕をギターキッズだった頃に引き戻したようです、ハイ。

実はザ・バンドにはホロ苦い思い出がある。
小~中学生だった僕は小林克也さんの「ベストヒットUSA」が大好きな
所謂普通のほんのちょっとだけ洋楽に興味のある少年でした。
カルチャークラブとかさ、プリンスとかさa-haとかさ
そんなのが聴きたかっただけなんですよ(笑)!
ところが家がすごく貧乏だったんですよ。
僕が小学校に上がる前に両親が離婚していたので母が女手ひとつで僕を育ててくれた。
その事にはとっても感謝しているんですが、同時に今になっては笑えるんですけど、
小学校の頃のクリスマスにサンタさんにゲームか何かをお願いしたら、
朝枕元に傘があったんですよ。青い傘が(笑)。何故に(笑)?
あの時サンタって人はなんて無慈悲な奴かと恨んだものです(笑)


、、、話が横道にそれました。


そんな貧乏少年は聴きたくても新譜なんて買えないんですよ!
あの頃はみんなそうでしたけどね。
第一さ、そもそもお小遣いなんて制度なかったですから、高田家には。
しかたなく、家に少しあったアナログ盤で心の隙間を埋めたんです。代用したんですよ。
真っ白なジャケットにぶっきらぼうに「The Band」って書いてあったアルバムを聴いたのはそんな夏でした。
髭面だしさ、上着もクタクタだしさ、ほんと仕方なく聴いてたんですよ。
だって世は夕焼けニャンニャンの頃ですよ(笑)
ところが聴いているうちに不思議とその魅力にハマってしまったんです。うかつにも。

あの時誓ったんです。音楽で復讐してやる~~~って(爆笑)!!
スイマセン、嘘です。
でもホントにそんな出来心で聴いたような、出会い頭系のものの方が心に深く残っている気がしています。
ライフ・イズ・ア・カーニバル。

その数週後にシャンソンか何かのアルバムかな?と思って聴いたのが
ジャニス・ジョップリンの「パール」でした。
ヴァン・へイレンみたいなロックみたいだなと、
またしても心の隙間に代用したのは言うまでもないですね。


高田漣

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高田漣(ミュージシャン)
1973年、日本を代表するフォークシンガー・高田渡の長男として生まれる。14歳からギターを始め、17歳で、父親の旧友でもあるシンガーソングライター・西岡恭三のアルバムでセッション・デビューを果たす。現在は、スティール・ギターをはじめとするマルチ弦楽器奏者として細野晴臣、高橋幸宏、ハナレグミ、アン・サリー、畠山美由紀、Human Audio Spongeなどのレコーディングやライヴで活躍中。ソロとしても今までに5枚のアルバムをリリース。2008年には、高橋幸宏、原田知世、高野寛、高田漣、堀江博久、権藤知彦の6人で「pupa」を結成し、デビュー・アルバム『floating pupa』を発表している。同年、崔洋一監督によるショートフィルム「ダイコン」(小泉今日子主演)の音楽を担当。
【official web site】 http://www.tone.jp
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