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2009.12.24UP

2009年は悲しい年。

 今年は仲の良かったお友達、敬愛していた音楽家たち、そして身内の者まで、例年以上、自分の身の回りから突然ふっといなくなる方たちが多く、とっても寂しい年。特に後半は、毎週のように、悲しい出来事があったような、そんな感じの年だった。

 今春から、NHKラジオ第一放送でクラシック・ロックやらオールディーズやら、懐かしの洋楽をメインに放送する音楽番組「いくつになってもロケンロール」を担当させていただいている関係上、リスナーのみなさんから、マイケル・ジャクソンはもちろん、ベンチャーズ、レス・ポール、エリー・グリーンウィッチなどなど、亡くなったミュージシャンや作家達の追悼特集番組をやってちょうだいというリクエストを貰ったりするのだが、どうにも身体が動かないというか、寂しくって気が乗りません。トシのせいで涙もろくなったんでしょうかね。

 70年代中頃までか、たくさんのロック・ミュージシャンや才能ある人たちが、ドラッグや荒っぽい生活のせいで、次々に亡くなっていった時代があった。バーケイズやレナード・スキナードなど飛行機事故でメンバーのほとんどを失うなんていう悲劇もあった。特にバーケイズの悲しいニュースを聞いたときは、オーティス・レディングと一緒だっただけに、ほんとガックリだった。

 僕が一番最初ショックを受けた死亡ニュースは、1964年暮れ、ロスのモーテルで射殺されたサム・クックの死だった。ラジオ業界で仕事をしていた22歳の僕は、夜遅くFEN放送で彼の死を知った。

 1969年2月に起こったバディー・ホリーらの飛行機事故死は、数日後の新聞で知ったのだが、サム・クックはほとんどナマでそのニュースを聞いた。だから、その分、印象が強かった。毎日のようにサム・クックを聴いていた僕はその衝撃で身体が震えた。

 最近は、ドラッグ中毒も少なくなったし、事故も以前よりは少なくなったようだ。アーティストも健康管理が重要となり、マネジメント会社や身辺管理をする係が厳しくチェックしているので、昔のロック・ミュージシャンのように滅茶苦茶をするアーティストが目立たなくなったのだろうか。

 いまや、あの悪ガキの代表だったようなストーンズのミック・ジャガーが勲章をもらい、体脂肪の少ない身体を維持している時代なんだもの、人間、やれば出来るのだ。

 でも一方、ロン・ウッドが、相変わらずアルコール中毒気味で病院を出たり入ったりしたり、若い娘さんに危ないことをしているなんて記事を読んだりすると、これはこれでロックン・ローラーらしくって、「がんばれ!」なんて応援したくなってしまう。

 インターネットのおかげで、情報網がクモの巣のように張り巡らされて、あっという間に世界中の人が情報を共有する時代。だから、誰だってタイガー・ウッズみたいになりたくないし、とはいって、みんなが清く正しく美しくなんて、面白くもない。それも表面的だけなら、偽善だ。偽善でもスキャンダルよりはましなのだろう。「思わせぶりは良い、でも決定的にファンの夢を壊すことなかれ」がルールのエンタテイメント業界だ。

 スーパー・スターがとてつもないプレッシャーにさいなまされたりして、精神的、肉体的に崩れていくのは、はっきり言って嬉しいことではないし、知りたくもない。でも、それを知ったからといって、僕の中で彼らの作った素晴らしい作品の価値が下がったりすることはない。

 いまのような情報網がない時代だったから、サム・クックが人気者らしくない、とんでもない不幸な死に方をしたことは、彼の死の数ヶ月後に知ることになるのだが、だからといって、彼の作った名作の価値はいささかも下落することはないのだ。

 マイケル・ジャクソンも、ここ10年は、音楽よりもメディアにとっては奇行が売り物のようだった。しかし、熱心なファンは彼がサインを出していたから、彼の悩みを知っていた。マイケルの死以降、多くのメディアは手のひらを返したように彼を英雄扱いしたが、マイケルは、もうずっと前から英雄=王様、キング・オブ・ポップだったし、それを広めたのもメディアだったのだから、何をか言わんやだ。

 スキャンダルで人気が地に落ちたら、またがんばってはい上がれば良い。でも死んでしまったら、どうやっても上がってはこられない。あとは熱心なファンの心の中に、いつまでも残るだけ。それは大変に美しいことだ。来年は寅年。虎は死して皮を残し、人は死して名を残す。スーパー・ミュージシャンは名曲を残すのだろう。だからといって、またそれが別の商売になるというのは、どうなんだろうか。これがショー・ビジネスなのだろう。

 なんだか、ベソをかいているうちに終わってしまった2009年。そしてデジタルの普及で、音楽のあり方が大きく変わりそうな2010年がやって来る。

 新しい年が音楽にとって少しでも良い年になりますように・・・祈らずにいられない。

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亀渕昭信
1942年、北海道札幌で生まれ夕張郡由仁町で育つ。64年、東京のラジオ局ニッポン放送入社、番組制作部勤務。69年から4年間、深夜放送「オールナイトニッポン」のDJパーソナリティも担当。同僚の斎藤安弘氏とデュオ“カメ&アンコー”や一人四重唱のカメカメ合唱団でシングル「心のシャンソン」、泉谷しげるとのコラボでLP「カメカメ合唱団」(エレック)を発表する。99年から6年間同社代表取締役。現在はラジオ業界を離れ、ライフ・ワークでもあるポピュラー音楽の歴史・研究に邁進すると同時に、NHKラジオ第一放送とNHKデジタル・ラジオで隔週50分のクラシック・ポップス・ヒットがメインの音楽番組「亀渕昭信のいくつになってもロケン・ロール」のDJを担当。著書に「オールナイトニッポン」聴取者との交流を描いた『35年目のリクエスト』(白泉社)がある。

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