2009.12.24UP
●ロックを超えた大きな理由

ビートルズとの出会いは、なんとなくだよね(笑)。そんな衝撃的に出会ってないなぁ。ちゃんと聴いたのはずいぶん後だよ。大学に入ってから。
――中学高校時代は何が好きだったの?
ヴァン・ヘイレン(笑)。それまで"ギターが好き"だったのが"音楽が好き"に変わるきっかけがビートルズだったのかもしれない。それはKUMIだったりもするんだけど、俺の場合は(笑)。
――聴き始めて、最初に"おっ!?"と思ったのは?
『サージェント・ペパーズ~』。それまでにハードロックやブルースやジャズやフュージョンやプログレやいろんな音楽を聴いてきて、最後に面白いと思ったのはビートルズだったんだよね。普通は逆の人が多いけど。60年代~70年代にビートルズの後をいろんな人が試行錯誤するじゃない? 俺はどっちかっていうとそっちのほうが入り口だった。でもたどっていったらビートルズにたどりついて、ビートルズがいちばん面白いって思った。それが逆によかったよ。もう指は動くし、音を聴けばコードもわかり始めた20歳くらいの頃にビートルズを聴いたから、"あぁこれこれ"ってすっと入れた。
――ビートルズと他のアーティストとの違いはなんだった?
当時の記憶で話すのは難しいので、今の(見解)でいい? ビートルズと他の違いで自分の中でいちばん大きいのは、マイクに時が封じ込められてる気がすごいするんだよね。音楽ってだんだん発展してくると、音符やハーモニーの重ね方とか新しいことにみんなたどりついていこうとするんだけど、もうちょっとビートルズって衝動的に、"これ面白くない?""じゃぁマイクを立ててみよう"、そしてその次の瞬間にはもうテイクを録ってる、みたいなね。そのときのエンジニアも含めた時の勢いっていうのがすごい入ってる音楽だと思う。もともとレコードってそういうのがすごい重要で、ジャズなんかも一発でどういう音を録るか、その時を正確に封じ込めたいっていう発想でマイクが立ってると思うんだよ。マイルス・デイヴィスの初期の頃とかさ。そういう作業をすごい勢いでレコードに封じ込めてる感じが、ビートルズと他の人たちとの違いのような気がする。他の人たちはそのビートルズを超えたいからどうやったらいいかっていうエゴが入ってくるんだけど、ビートルズの音楽には実はエゴが全然ない。あのジョン・レノンの曲でさえエゴではなくクリエイティビティで音と向き合ってる。やっぱりそこが好きなのかなぁ...いや、いっぱいあるよ? どこが違うか。専門的なことで言ったらエンジニアリングとかいっぱい出てくるけど...今この取材で気をつけようと思ってるのは、"○○を最初にやった"っていうのをあまりにも前面に押し出すとみもふたもない話だからそうじゃないところから話そうと思ってるんだけど(笑)。でもエンジニアリングなんかで言うと、それまで、これ以上近づけちゃいけないって言われてたマイクを、"いや1回近づけて録ってみたらどうなるかやってみようよ"って最初にやったのがビートルズだったし、当時のレコーディング・スタジオは白衣を着てる人がいたりする敷居の高い場所だったのに、ご法度と言われてたことをスタジオ長がいない間にどんどん試しちゃうとか、そういう実験的なことを衝動的にやってたとこがすごい音に残ってる。
――今の、デジタルで修正しまくるレコーディングとは対極にあるものだよね。
うん、今のミュージシャンって下手くそだから(笑)。リンゴがジョンの1stソロ・アルバムのメイキングDVDで的を射てることを言ってるんだけど、レコーディングで僕が求められたことはリズムのキープだと。リズムを自分が担うことだと。ドラムでそれ以外に何が重要かっていったら、その曲にいちばん合うフィルを確実に自分の引き出しから引っ張り出してくることだと。たとえリンゴでも自分の得意なフレーズを入れるんじゃなくて、その曲の世界に合ったフィルを叩くことが曲に華を添えることになる。今のドラマーって、次のサビに入る前にタカトンタカトンジャ~ン! ってシンバルを入れるだけ、みたいな。タカトンタカトンなのかドコドコドコドコなのか、どっちがかっこいいかみたいなことしか考えてない、そういうのを英語でドラマーズ・ヘッドっていうんだけど(笑)、そういう発想のプレーヤーが今すごい増えちゃった。でも当時のビートルズはなんでも一通りできるんだよ。そういうスキルを持ってる人たちが、曲と向かいあって、曲が求めてるフィル、曲が求めてるイントロ、曲が求めてるコーラスっていうものを考えてた、ちゃんと4人のミュージシャンが曲に向かってたっていうのが、やっぱり俺はビートルズがロックを超えたいちばんの大きなベーシックな部分だと思う。
――話は戻るけど、『サージェント・ペパー~』が入り口となって、それから全部聴いていったわけだよね。
もちろん。面白いもんで、何度も何度もどのアルバムも聴いたけど、今"好きなアルバムはなんですか?"って訊かれると、そういうものすべてが入った初期のアルバムなんだよね。俺、『ヘルプ!』とか大好きなの。それを昔ある雑誌の取材で言ったら"妙に浅いですね"って言われたことがあるんだけど(笑)、そうじゃなくて、表現の方法は「ツイスト・アンド・シャウト」の頃と後期とでは全然違って見えるけど、その先の表出してるものっていうかさ、出てしまうものっていうかさ、それは変わってないんだよね。ボブ・ディランなんかもエレキギターを持ったら裏切り者って言われたあの有名な事件とかがあったでしょ? それなんかも同じことだと思うんだよ。ボブ・ディランにしてみたら、プロテスタントに聴いてもらうためにフォークギターを持って歌を歌ってたんじゃなくて、歌手として歌を届けたいんだ、その手法がエレキギターだろうがフォークギターだろうが、俺のスピリットやみんなに伝える愛は変わらない、っていう思いを当時の一部のディラン・ファンは理解できなかった。プロテスタントの人たちが自分を持ち上げていくムーブメントに対して、"いや、俺がやりたいことはそれだけじゃないんだよ、それを伝えたいだけじゃないんだよ"っていうアンチテーゼでエレキギターを持ったような気がするの。その先にあるのは"俺は変わった"じゃなくて、"俺は変わらない"。ディランはそういう感じでどんどん変わっていったし、ビートルズも同じ要素はすごいあって、「ツイスト・アンド・シャウト」を聴いても「ストロベリー・フィールズ~」も同じ。表現の方法が違うだけで。そうなってくると、よりフレッシュなエネルギーを持ってる初期が今はすごい聴いてて楽しい。

「そろそろ額に入れないとかわいそうなんだけど(笑)。スタジオにもあるんだよ。たまたまジャンク屋さんに行ったらボロボロの額に入った同じポスターがあったから買ってきたのが。ファンから贈られるプレゼントもこの写真入りのやつばっかりなの。スタバのカップとかポストカードとか。この話、今まで一度もしたことがないんだよ? 今日初めてしたのに、この写真が周りにいっぱいある。なんでだろう。アメリカに去年(2008年)3ヶ月行ってて、向こうでライブやるって話になって、じゃあギターとアンプを買おうと思って行ったら、限定のジョン・レノン・モデルのちょっと前に出たやつがあったから買ったのね。おまけでついてきたのがこの写真がイラストになって額に入ってるやつ。だから結局向こうの家でもその絵を飾ってる。どこまでついてくるんだろう(笑)。もうちょっと優しい写真ならいいけど、腕組んでて、"ちゃんとやってるか?"みたいな感じで怖いんだよね(笑)」
●ポスターのジョンと一緒に作った曲
――最初から、好きなメンバーはジョンだったの?
これはねぇ、俺本当に不思議なんだけど、ビートルズを本当に好きになる前から、ジョンのあの有名なTシャツを着て腕組んでる写真があるじゃない? あのポスターが家にあったの。自分で買った記憶がないから誰かが持ってきたのか...、貼ってたんだよね、部屋に。20歳くらいのときから。ビートルズは聴き始めてるけどどれがジョンの声かもわからないのに、なんとなく部屋に貼ってた。で、ジョンのことがわかり始める前から、その壁に貼ってあるジョンを見ながらものを考えることがすごい多くて(笑)。だから俺、ジョンってそのポスターとの出会いのほうが先なの。だんだん壁に貼ってあるジョンとCDの中のジョンの声が一致してきて、本当に自分にとっての心の糧みたいになって。額に入れてるわけでもなんでもないからもうボロボロになってるんだけど、いまだに引っ越すときいちばん最後にはがすのはそのジョンで、引っ越した先でいちばん先に場所を決めて貼るのはそのジョン。それぐらい、そのポスターを見ながら、この人だったらどう考えてこの苦境を乗り切ったかなぁ、とかいろんなことを思う(笑)。だからそのポスターの後追いなんだよね、ジョン・レノンって。知らないうちに自分の部屋にジョンがいた感じ?(笑)
――ポスターのジョンはNAOKIくんの問いかけに答えてくれた?
うん、答えてくれる。変なスピリチュアルなもんじゃないけど(笑)、今回のアルバムにはそのジョン・レノンと一緒に作った曲が入ってる。「ブリング・ダウン・ザ・オリオン」って曲。あまり自分っぽくないフレーズが入ってるんだよね。
――ジョンのソロ・アルバムもその後聴いていって。
うん、だけどね、ジョンの音楽って、全部聴くことがジョン・レノン・マスターじゃない気がして。「イマジン」1曲からどれだけの情報量をかぎとるか、そういう音楽だと思う。この曲はどのギターを使ったとか、ビートルズ・ファンってそういうのにうるさい人がいっぱいいるじゃん。俺全然そういうのに興味がなくて、そんなことよりも例えば「ア・ハード・デイズ・ナイト」のイントロが鳴った瞬間にどれだけの情報量をイメージできるかとか、そっちのほうが大切だと思うのね。さっきのマイクで時を拾うっていう話も含めて、どんな想いでこの人たちがこの音を鳴らしたのかとか、どれくらい大きなスケールで音楽というものを捕らえていたかとかさ、歌詞が入ってくる前、音が鳴った瞬間にどれだけの情報をかぎとれるかが、特にジョン・レノンの魅力のような気がする。そういう、魔法っていうと普通になっちゃうけど、うん、ジョンにしかない、ひとつ音が鳴っちゃうだけで10くらいの情報が入ってくるような、あれはやっぱり芸術だよね。
――日本人は特に分析好きだから。
そうなんだよね。音楽は方法論ではないからね。実はすごいそういうことに気を使ってる音楽でもあるんだけど。例えばジョンの「イマジン」は、サビで4つコードが出てくるのね、F→G→C→E7。F→G→Cっていうのはすごい普通の3コード。そこにE7が入ると、日本人的に言うところの"泣けるコード"なわけ。♪ユーメイセイアイムアドリーマ~~~~(抑揚をつけて長く伸ばす)って行くとちょっと日本人的になるっていうか、みんな泣かせるためにそこに行ったりするけど、ジョンは逆なんだよね。そのコードの雰囲気は好きなんだけど、変に泣かせたくないから、いちばん泣かせるコードのところは歌を乗っけない。それくらい、そういう下らないところでビートルズを科学する連中の先をジョンは行ってる(笑)。だから人をメロディで泣かせたいんじゃなくて、無駄にメロディで人の気持ちを煽らない音楽を作ろうと思ってるんだよね。そういうコードが入っててもクサく聴こえない、泣かせないメロディの乗っけ方。すべてのそういうスキルを通り越して、自分が伝えたい風景の情報を100%相手に伝える芸術の手段にただのロックがある。それがたまたまピアノとベースとドラムだっただけ。だからきっとジョンは今の時代にライブハウスに出てきたとしても、4ピースのバンドじゃなくて、全然別の方法で人の心をつかんで離さない音楽を作ったと思うよ、手段を超えて。平気でヒップホップとかやってたと思う。
――エミネムとかと一緒にやっていそうだよね。
そうそうそうそう。エミネムとか聴いてるとちょっとたまにジョン・レノンがだぶるときがあるよね。今の時代、ロック・ミュージシャンよりヒップホップの人のほうが全然頑張ってると思うし。
●ユーモアを忘れず、ハッピーになれる音楽
――ヨーコさんとの交流が始まったのはジョン・レノン・スーパー・ライブからだよね。第一印象は?
キュート。今でも、惚れてしまう(笑)。憧れの女性。美しいと思う。ヨーコさんが素晴らしいのは、ここ30年40年、発言がブレてないんだよね。今は時代が変わってきてヨーコさんを受け入れる許容が社会にできてきてるじゃない? だからすごいリスペクトされてるけど、昔はもっと大変だったじゃない、ヨーコさん。でも当時の映像を見ると、まったく同じなんだよ、言ってることが。なんにも変わらない。どこをとっても今とブレてるところがない。でも当時はあれだけバッシングを受けてきた、今はそうじゃない、っていうところは、世の中がやっとヨーコさんの価値観に追いついてきたというか、ヨーコさんはそういうアンテナを持ってたと思うんだよね。70年代にエコの話をしても当時はバカバカしいっていうか、なんか極端なことを言ってる人くらいに思われてたかもしれないけど、今は時代が変わってきて、若い世代にはすごい純粋に地球のことを語る子がいるじゃない。自分が20歳の頃はそんなこと考えもしなかったから、すごいなと思うよね。高校の頃なんて、愛とか口にすること自体、"なに言ってんだよ"って言われる空気で、愛とか平和とかあまり口にできない風潮があったじゃない?
――あったあった。80年代はひねくれてることが美徳だったからね。
そうそうそう。だからそれに比べると今の若い子は純粋? 俺たちはそういう手法は好んで使わないけど、日本の若いミュージシャンたちの詞とか見てても恋文のようなさ...、それはそれでどうなの? って思うこともあるけど(笑)、でもストレートに思いを伝えるっていうことに対してウェルカムな姿勢が若者にあるっていうのは、将来は明るいかな、って思うことはある。自分にはできない手法だけどね。
――ヨーコさんに直に教えてもらったことは?
教えてもらったことのひとつは、芸術家としての誇りを持つこと。ヨーコさんがよく言うんだけど、芸術家、ミュージシャンとかペインターとかはすごい力を持ってるのよ、だからその力をちゃんと使いなさい、って。そういう観点で自分たちの才能を、何かを変える力だと自覚して動くことってあんまり俺たちの世界だとないかもしれない。特に日本だと"いや、僕なんて..."っていう謙遜が入る姿勢を好まれたりするから、自分のことを芸術家とは言わない人が多いけど、それはヨーコさんと会って気づかされた。私たち芸術家が頑張らないと、世の中のみんなの感性は育たないし、みんなの感性が育たないと世界は変わらない。芸術家っていうのはそういうすごい力を持ってるのよ、って。その言葉は忘れられない。自分の胸に今すごい留めてる。でもこれが難しいもので、ビートルズなんかはそれがすごいうまいんだけど、じゃぁそのスピリットを全部歌詞に乗っけて、メッセンジャーとして生きていくのがいいのかっていったら、それが芸術のすべてじゃないじゃない? 音楽って人をハッピーにするためのものだったりするから。だからそこの感覚なんかもビートルズは4人ともすごい優れてたよね。俺たちも今回のアルバムはそれを考えた。数年前は「フリーダム」みたいな曲も作ったりしたけど、今は初心に帰って、みんながハッピーになれる音楽を作ろう、と。みんなが感性を磨いて平和について考えてくれればいいから、あんまりそういうところに歌詞とかで向かわずに、みんながドライブして楽しくなれるっていう、いちばん感性を磨きやすいナチュラルな音楽を作ろうと思って今回作ったんだけど、ビートルズはやっぱりそのバランスがすごい優れてた。ヨーコさんもジョンも言ってるけど、人にものを伝えるときにいちばん大事なのはユーモアだと。ユーモアがなかったら人は耳を貸してくれないし、大切な話もきれいごとだと思って聞き流してしまうけど、そこにユーモアがひとつあると、笑顔がひとつあると、人にちゃんと伝わるから、ユーモアは忘れちゃダメ、って。ビートルズはそれがすごいできてる。時には言葉遊びだけで終わってるんだけど、それでも平和を感じる、それはその人たちの想いがちゃんと音に反映されてるからだったりするじゃない? それは計算ではできない。バランス感覚がないと。だから何を作ってるときもそういう気持ちを忘れないで音楽に接していたんだと思う。
――でもジョンも一時ユーモアを忘れて音楽に接していた時期があったよね。
あったよ。でもそれは人間だから...俺、(ジョンを)かばってる?(笑)
――(笑)リバプールに行ったことは?
ない。イギリスって仕事で1回しか行ったことがない。アビイ・ロード・スタジオにも撮影があって行ったけど、スタジオ内部での撮影は"レコーディングもしないのに中に入るのは嫌だ"って断ったもん(笑)。横断歩道は撮影で通ったけど、レコーディングしないのにあの神聖なスタジオに入るのは嫌だったから。
――いつかはレコーディングしたい?
う~ん...友達がレコーディングするんだったらそれを見に行きたい。
――なんで自分でやらないの?(笑)
なんだろうなぁ...レニー・クラヴィッツとかもそうだけど、あんまり当時の手法にこだわりすぎちゃうと、寂しいだけになっちゃうじゃん、この時代に生まれたのが。だから昔のビンテージ機材の良さも知ってて、今のコンピューターを使ったメリットデメリットもちゃんと愛して、今の時代にしかないやり方を自分たちなりに作っていかないと。アビイ・ロードはロンドンに住んでる人が使えばいい(笑)。俺たちは俺たちのスタジオがあるし。そういうレコーディングの手法とかさ、リスペクトでそっちに寄ってくのはいいけど、同じ機材で同じマイクで同じやり方で録ったって、そもそも俺がビートルズじゃないから、ビートルズの音にはならないよね。だから前の話に戻るけど、ビートルズはそういう手法を越えたところにいるから。音が鳴る前のことは本当はどうでもよくて、音が鳴ったときの情報量の勝負だと思うね、ビートルズは。
取材・文/佐々木美夏

NAOKI
ミュージシャン
1973年7月21日生まれ。静岡県出身。97年、青山学院大学の音楽サークルで出会ったKUMIとともにLOVE PSYCHEDELICO結成。2000年4月シングル「LADY MADONNA~憂鬱なるスパイダー~」で鮮烈にデビューし、1stアルバム『THE GREATEST HITS』は160万枚を超える大ヒットを記録。アジア・ツアー、アメリカ・デビューなど海外での話題も多い。10年1月13日には約2年半ぶりの5thオリジナル・アルバム『ABBOT KINNEY』をリリースする。
LOVE PSYCHEDELICOオフィシャルサイト http://www.lovepsychedelico.net/index.html

NEW ALBUM
『ABBOT KINNEY』
2010.1.13. in stores (VICL-63480)
