2009.05.07UP
●「ア・ハード・デイズ・ナイト」をコピーして人生が決まった

――ずいぶん前にGREAT 3の片寄くんと加藤さんの対談に立ち会ったとき、昔の加藤さんは自宅でイギリスのアーティストのレコードしかかけさせなかったと言ってましたね。
そうそう、友達がレコードを持ってくると「これアメリカなの? イギリスなの?」って訊いてからターンテーブルに乗せてたから(笑)。
――そういうイギリス志向を決定づけたものはなんだったんですか?
最初はもちろんビートルズ。アメリカ上陸したくらいの可愛いアイドルだった時代のルックスにやられたね。ちょうど僕なんかがロックを聴き始めた頃はレッド・ツェッペリンとかディープ・パープルとかが全盛で、ロック=ハードロック。長髪にロンドンブーツにベルボトムのジーンズっていうのが当たり前だったけど、それとはまったく逆じゃない? 細身のスーツでスマートで小奇麗でさっぱりしてて。それがもうなんともかっこよかった。やっぱりスマートさだと思うんだよね。それはアメリカのバンドにはあまり感じられなかった。ビーチ・ボーイズとかもかっこよくないんだよ。小奇麗でさっぱりはしてても、なんか...。
――さっぱりしてるけど、もっさりしてますよね(笑)。
うん、もっさり。それ以前のプレスリーとかはおっさん臭く感じたし。でもイギリスのアーティストは若々しくてスマート。スマートって言葉がぴったりですね、本当に。
――ビートルズとはどんな風に出会ったんですか?
中学2年でしたね。僕は60年生まれなんだけど、その頃はラジオが若者文化を牽引してたというか、かなり重要なポイントだった。リクエスト番組とかチャート番組はテレビにないし、レコードも高いからみんなFMでエアチェックしてカセットに録音して、本当に好きなレコードだけ買うっていう時代。で、ラジオ番組でたまたま「シー・ラヴズ・ユー」を聴いたんですよ。あの"イエーイエーイエー"のパワー感がなんというか...なんなんだろう。小学校のときはGS全盛だったけど、僕はあんまりかっこいいと思わなかった。親もそういうのを理解しない世代だったから、こんな腐った大人になってくれるな、って俺に説明してて、音楽自体そんなに聴かなかった。たまたま夢中になってテレビで見てたのは『モンキーズ・ショウ』で、でもあれは音楽はあんまり覚えてなくて、4人の白人の可愛いバンドマンがこんな暮らしをしてるなんて楽しそうだなぁ、こんな大人になれたらいいなぁ、っていう。でもビートルズを知って、クラスには何人かビートルズ・ファンがいたからレコードを貸りたら、それが『オールディーズ』だったんですよ。あれでもうハマりましたね。ベストだからすべての曲がいいじゃないですか。よし、これは1枚目から全部聴いていこう、って。でも中学生にレコードは高かったから、クラスにビートルズ・マニアがちょうど4人いたんで手分けして買ってましたね。
――自分でバンドを始めたのは?
その中学のビートルズ大好き4人組が、もうバンドをやろうってことになったんですよ。パートは、"僕はポールが好きだからベースをやるよ"みたいな。そのときにコレクターズの初期のメンバーのリンゴ田巻ももういたんだ。彼は最初ギターをやりたいって言ったんだけど、"ダメ、ドラムがいないからドラムやって"って。高校の入学祝いに好きなものを親から買ってもらえたから、みんな楽器を買ってもらって、最初にコピーしたのは「ア・ハード・デイズ・ナイト」。イントロのジャ~ンもよくわかんないんだけど、バンドってこんなに楽しいんだ、って。あのときにもう人生が決まりましたね。

――ポールが好きだった理由はなんですか?
やっぱりソングライターとして好きになったし、なんとも可愛い顔をしていたから。ハンサムじゃないですか。特に日本だとポールとジョージが人気があった。当時ジョンはあまりかっこいいと思わなかったんですよね。ジョンをかっこいいと思えたのはもうちょっと歳をとってから。ソロ時代のジョンは政治思想が強かったし、ヨーコと一緒に平和運動みたいなことをやってたじゃないですか。ああいうこと自体がまだ理解できなくて、非常に野暮ったく感じていた。プラカードじゃなくてギターを抱えてかっこいいロックを歌ってよ、っていう...まぁ僕が子供だっただけですけどね。僕が最初にレコード店で予約したアルバムはウイングスの『ヴィーナス・アンド・マース』。それまではお金がないから予約なんてできなかったんだけど、あれはもう我慢できなくて予約しましたもん。いちばんいい時代でしたよね。ウイングスがあまりにかっこよくてビートルズが霞んで見えるくらい。ただ大人になってからは、カミさんと一緒にバンドをやってるっていうあの感じがどうも好きになれなくなってきて。
――自分では絶対できない?(笑)
できないよ!(笑)あと時代的にパンク・ムーブメントも出てきたから、そういうのに感化されて今度は可愛さ余って憎さ100倍(笑)。決定打は80年の来日公演中止。忘れもしない真冬ですよ、プレイガイドに徹夜して並んで、武道館のスタンドしかとれなくて、でも楽しみにしてたのに中止でしょ。しかもそのときポリスの初来日と日程がほとんどかぶってたんですよ。お金がないからどっちに行こうかさんざん迷ったあげく、やっぱりずっと好きだったんだから、ってポールを選んだのに...。あれでもう嫌いになった。ものすごく寒かったからね。ウイングスを本当に見たかった。あれを見てたらかなり違ったと思う。
――今思うに、ビートルズは加藤さんの音楽人生にどういう影響を与えたんでしょう。
ビートルズがいなかったら僕はこんなことしてないですよ。それこそつま先から髪の先までビートルズにすべて教えてもらった。すごい髭はやしたりロングヘアにしたときはやっぱりアップルの屋上セッションのジョンの気分だし、パーマかけるときはジョージの気分だし。いつまでたっても『サージェント・ペパーズ~』や『マジカル・ミステリー・ツアー』は不思議。「ペニー・レイン」なんて音楽的に分析するとものすごい不思議なんですよ。サビが一音下がる。普通だと上に上げて華やかにするのになんで下がってこうなるんだろう、なんで下げても派手に聴こえるんだろう。そういう音楽の勉強からファッションから生き方から何から何まで。あ、でもカミさんの選び方だけは教わりませんでした(笑)。
●原点のライブハウスを見て、勇気が出た
――ロンドンに最初に行ったのはいつですか?
90年代初頭。観光でね。リバプールにも行って、『マジカル・ミステリー・ツアー』のバスにも乗ったよ。でもバスだとすごく慌しいから、その数年後に改めて車で本当に行きたいところだけ行った。リバプールってすごい田舎じゃない? ここからビートルズが出たのか、って。キャバンクラブや、ロンドンにあるマーキー、すごい有名なライブハウスだけど、あそこからみんなスタートした。僕がロックを聴き始めた頃は、テレビに映るライブ・ショウっていうのはでっかい会場のストーンズやツェッペリンだったりしたから、ライブハウスを経由してそこまで来たっていうステップが全然見えないんですよね。でも現実にキャバンとかマーキーとかを見ると、新宿のライブハウスと変わらない。あぁここから世界に発信したんだ、って思ったときに勇気が出ましたね。欧米だけが特別なシステムの中にあるわけじゃなくて、バンドマンってやっぱりここからなんだ、100人の客を相手にして10万人まで上り詰めるんだ、最初はフーもヤードバーズもビートルズもここからだったんだ、って思えたのがイギリスに行っていちばん良かったことかなぁ。

――アビー・ロード・スタジオへは?
行きました。これがね、すごい不思議な縁で。60年代にオルガン・モッズで有名だったジョージー・フェイムのライブに行ったんですよ。もう歳をとっててすごい渋いジャズしかやらないんだけど。ロニー・スコッツっていう老舗のロンドンのクラブ。そこにはもうモッズなんかいないし、丸テーブルにキャンドルがあるようなところで、でも客はいっぱいいた。そこでギターを弾いてた若い男がジョージー・フェイムの息子だったの。ギターは大してうまくなかったんだけど、彼はアビー・ロード・スタジオのサブ・エンジニアだったんですよ。僕が行く1年くらい前にルースターズの花田裕之くんがアビー・ロードでレコーディングしてて、そのサブでついてたらしいの。日本人だから同じように見えたのか、僕を花田くんと間違えて、"おぉ花田、ひさしぶり~"って言ってきたんですよ(笑)。"いや、僕は花田じゃないから"って言ってるのに、"花田だろう、1年ぶりじゃん""いや、違う違う""じゃぁおまえ誰なの?"って。コレクターズっていうバンドやっててビートルズが好きなんだ、って言ったら、"じゃあ明日アビーロードで仕事だからおいでよ"って。嘘だろうって思ったんだけど、"じゃぁ2時にスタジオの前で"って。トリスタン・パウエルっていう奴なんだけど、行ったら本当にいて、スタジオ内全部案内してもらった。ビートルズが使ってた2スタから、マイク・ルーム、カッティング・ルーム、ラウンジ、屋上まで。下の食堂でコーヒーまでごちそうになっちゃって、いやぁ親切なイギリス人だなぁ(笑)。日本に国際電話して"1年くらい前の花田くんのアルバムのサブ・エンジニアってなんて名前?"って訊いたら"トリスタン・パウエルだよ"って。最初はだまされたと思ってたからね。多分その時代って日本人がよくロンドンでレコーディングしてたから、アビー・ロードにもいろんな人が行ってたと思うんですよ。レコーディングで俺を使ってくれよ、みたいなことだったんでしょう。
――レコーディングもいつかはしてみたい?
う~ん、でも俺の中でそれはやっちゃいけないような気がしててね。あとオヤジっぽいな、っていうのがある。ベンチャーズのコピー・バンドをやってる歯医者さんみたいな感じ(笑)。そういう"なぞりの人生"がね。いい歳して、憧れだけで突っ走れる感じでもないのかな。もっとクソジジイになってからだったらいいのかな。60過ぎてやっぱりビートルズに連れてこられた、っていうのならいいかもしれないけど、なんかひとつ覚悟がやっぱりないとレコーディングできない場所かなぁ。それくらい神聖なところなんですよ。
取材・文/佐々木美夏
1960年11月22日生まれ。埼玉県出身。86年、ブリティッシュ・ロックに影響を受けたメンバーが集まり、コレクターズ結成。87年11月アルバム『僕はコレクター』でメジャー・デビュー。その後20年以上に渡って第一線で活躍し続け、若いミュージシャンたちからも圧倒的な支持を受けている。09年5月10日・6月7日・7月5日・8月23日には渋谷クアトロでマンスリー・ライブ。その他、各地でのライブやイベントも続々決定。
加藤ひさし、古市コータローのパーソナリティー番組「池袋交差点24時」がインターネットラジオ、Podcastで好評配信中。毎週木曜更新。
加藤ひさし、BSフジ「続★BSフジイ」でレギュラー出演。金曜日24:00~25:00(翌週同時間に再放送)。
加藤ひさしと古市コータローが新バンドKOTARO & THE BIZZAREMEN結成。ワンマンライヴ 7月12日(日)新宿・レッドクロスにて。
コレクターズ オフィシャルサイト
http://www.wondergirl.co.jp/thecollectors/
