文/保科好宏

1971年9月23日、武道館。あれからもう36年が過ぎたというのに、今でもあの日の出来事は鮮明に想い出すことが出来る。レッド・ツェッペリンの日本初ライヴの日、当時高校2年生だった僕は、別の高校のロック好きの親友と2人、学校をさぼって長野から特急電車に乗り、3時間半かけて昼過ぎに上野駅に到着した。まずは上野にあったレコード店、蓄光堂で当時はまだ珍しかった輸入盤レコードをゆっくり漁った後、はやる気持ちを抑えながら夕方4時頃には武道館に着いていた。まだ田舎の高校生で、ツェッペリン同様、武道館も初体験だった僕は、サウンド・チェックの音漏れに耳をそばだてて聴いたり、続々と会場にやって来る長髪のロック・ファンのファッションを眺めたり、運が良ければ日本の有名ロック・ミュージシャン(成毛滋、カルメン・マキ等)にも会える開演前の時間を有意義に楽しんでいたのである。
 この71年という年は、ビートルズで洋楽に目覚めた僕が、実際に東京で行なわれたロック・コンサートに定期的に通うようになった年で、キョードー東京が“ロック・カーニバル”と銘打ち、ほぼ一ヶ月に一組程度、欧米の人気ロック・アーティストをシリーズで招聘するようになった年と重なる。僕はこの年、フリー(5月/サンケイホール)、グランド・ファンク・レイルロード(7月/後楽園球場)、ピンク・フロイド(8月/箱根アフロディーテ)、レッド・ツェッペリン、エルトン・ジョン(10月/新宿厚生年金)のライヴを体験し、ますます深くロックにのめり込んでいったのだが、とりわけ70年代前半に観た一連のアーティストは、今考えればどれもロック史に残る凄いバンドばかりだったんだなと、改めてあの時代を懐かしく思う。言い換えるなら71年という年は、東京=日本にポップ・バンドではなく初めて本格的なロック・バンドが上陸した記念すべき年なのだが、そう感じていたのは熱心なロック・ファンばかりでなく、GSブーム終焉直後の日本のロック・ミュージシャン達も全く同じ感覚で彼らのライヴから何かを吸収しようと真剣に観ていたように思う。そして、そんな中でも飛び切り衝撃的で、カルチャー・ショックという以上に文字通りロックの洗礼を受けた巨大な“黒い飛行船(黒船)”がレッド・ツェッペリンだった。想像してみて欲しい。上半身に小さなボレロだけを着てブロンドの長髪を靡かせたロバート・プラント、花模様の半袖Tシャツを着たジミー・ペイジ等がステージに登場した瞬間に沸き起こった大歓声。その大歓声を切り裂くように始まったのが「移民の歌」のギター、ドラム、ベースが一体化した大音量での強靱なリズム・リフとプラントのターザン・シャウトなのだから、全身が鳥肌立つような、そして一瞬で全身の血が逆流するような、何故か笑顔で自然に顔がほころぶ何とも言えない不思議な感覚に陥ったことを、この曲を聴くと武道館のあの時の空気までリアルに想い出すことが出来る。そして間髪を入れず「ハートブレイカー」、「貴方を愛し続けて」、この日初めて耳にした新曲「ブラック・ドッグ」と続く頃には、超満員のファンの多くは盛り上がるというよりも、あまりの凄さに半ば放心状態で呆気にとられていたと言った方が正確かもしれない。

 

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