例えば、秋、外苑前の銀杏並木をクルージング・コースのハイライトに据える。僕は2人を車から降ろして30m向こうで待つんですよ。その30mで彼が彼女にプロポーズする」
映画監督と話をしているようだが、実際、お客さんで乗車した山田洋次氏が「素晴しい演出ですねえ。そのシーン、機会があったら使ってもいいですか」と言ったというほどだから隅に置けない。話の主はジャズタクシーこと、個人タクシー運転手の安西敏幸氏だ。この安西氏、真空管アンプを通じてジャズを聴かせるという、知る人ぞ知る人物。独自の企画「東京ジャズ・クルーズ」が人気なのである。
実は私は、もう15年近く前に偶然乗ったことがあった。これから真空管アンプをトランクに搭載しようと思っているんです、真空管アンプをトランクに積んだら荷物が積めないじゃないですか、いやいや小さいから大丈夫、などと話しながらオスカー・ピーターソンの『プリーズ・リクエスト』を聴いたものである。
「ジャズタクシーを始めて今年で16年目だから、最初の頃だなあ。あの頃は “今夜のメニュー”を出して、オンエアできる曲から選んでいただいてましたよね。今はCDチェンジャーじゃなくてi-podだから収録曲は1万超。おかげで懐の深い演出ができるようになりましたよ」
演出は映画から学ぶ。
「映画『ローマの休日』の「Isn't It Romantic?」、『カサブランカ』の「As Time Goes by」…。名画の影には名曲がある。恋人同士、夫婦でクルージングを楽しまれる方にはビル・エバンスの「Isn't It Romantic?」を、ジャズに詳しくない人にだって、ステファン・グラッペリの「As Time Goes by」を、ここぞ、というタイミングで流す。ちょっとクサいんじゃないか、って? それぐらいやって初めて“演出”になるんですよ」
毎日ジャズを聴きながらタクシーを走らせる安西さんの目には、東京はどんな街に映るのだろうか。それに一番興味があった。するとニューヨークだという答えがかえってきた。
「そう、リトル・ニューヨーク。特に永代橋のたもとから佃の方を見ると高層ビル群が見える。夜景はマンハッタン島のようです」
この演出家は、誰も知らない東京のビュー・ポイントを押さえている。最後に安西さん自身が演出される側に回ることは?
「そういえば、ないなあ(笑)。一度ぐらいしてもらいたいものですね。」
取材・文/森澤郁夫 撮影/須藤夕子
1.車はHYUNDAIの3ナンバー。スピーカーは標準装備のJBL。アンプはパナソニックの真空管アンプを使用。ナンバープレートの“い”の“1”番は御愛嬌。
2.ベニー・グッドマンのスイング・ジャズを経て、ラムゼイ・ルイス、ビル・エバンス、セロニアス・モンク…、と、今ではもっぱらピアノが好き。ピーターソンはどうですか、と尋ねると、間髪入れずにピーターソンが歌う(!)「Autamn In N.Y」が流れてきた。
3.車内後部座席。リクエストがあれば花束やお酒の用意も。演出は応相談。「クルージング希望のお客様は、ほとんどがカップル。パートナーをびっくりさせようと、内緒で申し込む場合が多いので、私も演出を、さまざま工夫します」
4.マル・ウォルドロンは煙草を一度に3本も吸う物静かなチェーン・スモーカーだった、チック・コリアとは年齢が同じで子供の話をしましたね、秋吉穐子さんはご主人のルー・タバキンと一緒でしたよ、…と話が尽きない。ジャズ・クルージングでも、もちろん丁寧な解説をしてくれる。


