
昼下がりの『カフェ杏奴』には、暖かな日差しが降り注いでいた。なにやら書き物をする女性、窓の外を眺めているスーツ姿の男性、楽しげに会話に興じる2人組…。すべてを包み込むように、時間がゆっくりと流れていく。
いつまでもここにいたくなる。そんな魅力を生み出しているのは、店を一人で切り盛りするママだ。細やかな心遣いとやわらかい笑顔で、客をリラックスさせてくれる。
「うちはメニューが少ないし、ランチなどのセットメニューも一切やってないんです。お客様には申し訳なく思っています」と謙遜するが、特製カレーや焼き菓子など、手作りにこだわったメニューにはファンが多い。
コーヒーを淹れる手つきも、かなり本格的だ。聞けば、かつて東京で一番美味しいコーヒーが飲める、といわれていた学芸大学の喫茶店『アンクルブブ』に通い詰め、マスターから直接教わったという。看板メニューの『杏奴ブレンド』に使う豆は、自家焙煎店から取り寄せたフレンチローストとソフトローストの2種類。注文後に挽き、ネルドリップで丁寧に淹れる。「おいしくなるように、とおまじないをかけながら淹れています」と、ママは微笑んだ。
店にはいつしか、作家やミュージシャン、写真家などを志すアーティストの卵たちが集うようになった。誰が名づけたか“プチ・モンパルナス”。あちらこちらに飾られたフエルト作品やイラスト、写真の多くは常連客の手によるものだ。
2007年11月、そんな常連客の中からある夫婦がメジャーデビューを果たした。伸びやかな歌声と優しいアコースティックギターが印象的なヴォーカルデュオ『iora』(http://web.mac.com/iora/)。彼らがママに贈った曲『カフェ杏奴』は、こんな歌詞で始まる。
「カランコロンとドアベルが 鳴ればママさんお出迎え 好きなお席にどうぞどうぞ」
牡丹で有名な薬王院をはじめ、林芙美子記念館や画家のアトリエなどが点在する下落合は、散策が楽しい町。休憩がてら、ぜひ訪れてみたい一軒だ。
取材・文/渡辺裕希子 写真/関根則夫
1.店内のBGMは、ジャズやクラシック、ボサノバなどその日の気分で。もちろん、『カフェ杏奴』もリクエストOK。
2.壁一面に写真が飾られた地下の席。半個室になっているので、ここで作業に集中する人も多い。ほかに中2階の席もある、ユニークなつくりだ。
3.『杏奴ノオト』は、ママと客のコミュニケーションツール。店の感想や日々の出来事など、会話のキャッチボールで交流を深めている。
4.ザラメの食感が楽しく甘さ控えめの「かりかりマドレーヌ」。紅茶と牛乳だけで作ったクセのない「チャイ」とのセットで700円。
5.「うちはお客様の力で成り立っている、といっても過言ではありません」とママ。その笑顔と人柄に惹かれて通う、常連客も多い。
カフェ杏奴
東京都新宿区下落合4-2-6
03-5982-4370
11:30~19:00
火
杏奴ブレンド450円、チャイ(ホット・アイス)500円、特製カレー(チキン・ポーク)700円


