吉田拓郎、南こうせつ、遠藤ミチロウなど数々のミュージシャンを輩出してきた高円寺。1970年代には、駅周辺に十数軒ものライブハウスやロック喫茶が建ち並んでいたという。当時に比べると店の数は減ったものの、音楽好きが集う街の雰囲気は今も変わってはいない。
1978年にオープンした「稲生座(いなおいざ)」は、当時の熱気を保ち続ける老舗のライブハウスだ。30人も入ればいっぱいになる店内は、音楽を愛する人々が放つ濃密な空気で満たされている。
ここの魅力はなんといっても、ライブの一体感だろう。客席とステージとは極めて近く、手を伸ばせば届きそうな距離感。内装、雰囲気、演者、客…。すべてが混沌としているのに、ひとたび演奏が始まるとテンションが一気に上がり、あっという間に飲み込まれていく。
こぢんまりとしたステージで演奏される音楽は、ロックあり、パンクあり、フォークあり。ときには、演劇や落語、映画の自主上映会が行われることもある。ステージに立つにはオーディションを通過しなければならないが、ジャンルはもちろん、プロ・アマ不問。基準は、店のスタッフが“気に入る”かどうか。本物を見極めるスタッフの確かな眼が、「稲生座」の歴史を支えている、といっていいだろう。
ライブが終わる夜10時からは、バータイムへと突入。ライブの余韻に浸る演者や客に加え、高円寺界隈から個性的な人々が集う。仏像や花、ガラス玉などが無造作に飾られた薄暗い店内で酔いに身を任せていると、まるで海賊船に乗っているような錯覚に陥るだろう。
昨年2月、店をイチから作りあげてきたマスターの柴田廣志さんが、惜しまれつつ亡くなった。ギタリストとしても活躍していた柴田さんは、店に集う色とりどりの人々を受け入れ、いつでも温かく包み込んでいた。現在は、ピアニストである奥様がその遺志を引き継ぎ、ママとして店を守っている。音楽を愛する人々を結びつける、強い磁力がここにはあるのだ。
取材・文/渡辺裕希子 撮影/松葉 理
1.海賊船の中にいるような、不思議な雰囲気。無造作だが、センスのよさを感じさせる。
2.カウンターにはCDが積まれ、本が並ぶ。ほどよい“散らかり感”で落ち着ける雰囲気。
3.キリンラガービール(中)600円と秘伝のタレで漬け込んだアタリメ600円。酒や醤油、ニンニク、香辛料をきかせた味付けで、ビールがすすむ。
4.高円寺駅から歩いて5分、レンタルビデオ店の2階にある。店名は、柴田さんの出身地である青森県十和田の稲生町から名づけている。
稲生座
東京都杉並区高円寺北2-38-16 サニーマンション2F
03-3336-4480
19:30~翌2:00
火
生ビール600円、ワイン(グラス)630円、焼うどん650円、チキンジンジャー750円、キムチ400円


