神戸出身の新元良一(にいもと・りょういち)さんは、25歳のときに単身ニューヨークにわたり、22年間ライターとしてアメリカン・カルチャーについて書き続ける。この間、多くの作家たちと出会い、インタビューを行い、アメリカ文学の紹介者、翻訳者として注目される存在になる。現在は京都に住み、大学で学生たちにライティングを教えている新元さんだが、ニューヨーク在住の頃は、いつも東京・高円寺を拠点としていたという。中央線随一の“ロックな街”高円寺と無類のロック好きのアメリカ文学研究者の接点とは?
インタビュー・文/編集部 写真/鈴木賢一

―ロックを聴き始めたのはいつ頃からですか?
新元良一(以下N):中2でビートルズを初めて聴きました。いとこに“赤のベスト”(『ザ・ビートルズ1962年-1966年』)を借りたんです。それをその夏、もうほんとに擦り切れるぐらい聴きました、借りてるくせに(笑)。それからはビートルズのアルバムを集めました。中3のときに、関西で『ロック・マガジン』というのが出たんです。これがコアな雑誌で、阿木譲さんという伝説的なロック雑誌の編集者が出版していました。いまでいうノイズ系のものを取り上げていたんですが、ロックに対しての啓蒙といえば、それがいちばん大きかったかなぁ。ちょうどグラムロックも出ていたし、レゲエも出てきたころですね。高校に入ってからは、はずかしいんだけど、ある時期、バンドのヴォーカルをやっていました。髪の毛を長くして、スパンコールかけて、ステージに立ったりして。キッスをやったり「ムーブオーバー」もやってましたね、ジャニス・ジョプリンじゃなくて、スレイドのほう(カヴァー・ヴァージョン)を。アメリカを意識するようになったのは高校を卒業するころからですね。78年ごろ。このころ、『ポパイ』が出てきたでしょ。それで、アメリカ西海岸ブームがおきて、カリフォルニアに目が向くようになって。片岡義男さんのコラムもよく読んでました。

―植草甚一さんが編集された『宝島』とかもお読みになりましたか?
N:僕にとっていちばんインスパイアされた本のひとつに植草さんの『ぼくのニューヨーク地図ができるまで』(晶文社・77年)があります。それはもう、必死になって読んでました。そのころから、やっぱり音楽もアメリカのものを聴きはじめました。パティ・スミスとかトーキングヘッズあたり。そのいっぽうで、支離滅裂なんだけど、アウトドアも好きで(笑)、最初にアメリカに行ったのが82年で、そのときはバックパッカーでした。神戸のアウトドアの店でバイトした金で旅費をかせいで、ウォークマン買って、そのウォークマンにイーグルスの『ライブ』のテープとかを入れて。ちょうどその頃は「アーサーのテーマ ニューヨークシティ・セレナーデ」が流行っていて、グレイハウンドバスに乗って聴いたりしながら、ニューヨークまで行きました。ニューヨークで暮らすようになったのは84年の6月です。古本屋にしょっちゅう行っていました。植草さんの本で知ったストランド書店とか。それからイーストヴィレッジにあったタワーレコード。2階にジャズのコーナがあって、すごく詳しい店員のおじさんがいて、ジャズはそこで覚えたのかもしれないなぁ。

―ニューヨークではどんなライブを見ましたか?
N:イーストヴィレッジに移ったのが95年ごろですけど、ダウンタウンカルチャーというのが、やっぱり刺激がありましたね。ライブもよく行きました。いまはないけどCGBGやボトムライン。アービングプラザっていうライブハウスで、カート・コバーンが死んだ日にパティ・スミスを聴いたこともありました。印象に残っているのは、99年にマディソン・スクエア・ガーデンで見たニール・ヤング。ステージにアコースティック・ギターをずらーっと並べて。今年出た『ライブ・アット・マッシー・ホール』みたいな感じで。そういうこともあって、最近、ニール・ヤングの詞を訳してみようかなと思って、いくつかやることがあるんですよ。渋谷のタワーレコードで、柴田元幸さんと一緒に音楽対談みたないなものをここ4年ぐらいやらせていただいていて、そこで、訳詩の朗読をやったりもするんですが、そのときにニール・ヤングの詞をやったりしました。ニール・ヤングはむずかしいですね。でも、面白いですね。こんなところにこんな単語が出てくるのかという、言葉の組み合わせがすごくユニークなんですね。その言葉とはぜんぜん合わないような言葉がぶつかると、いわゆる、ケミストリー(化学変化)がおきるんですね。それが、なんだかリチャード・ブローティガンに通じるものがあるんじゃないかと、最近思っているんです。この間、「ダウン・バイ・ザ・リバー」をやってみたんですけど、やっぱり難しいけれど、とても楽しかったです。

―あれはどういう曲なんでしょうか、シチュエーションがわからないですよね。
N:そうそう。なんていうのかな、不安定なんだけど、けっして「不安」じゃないというね、そういう言葉の使いかたをする作家がブローティガンだと思うのね。それと共通するものがニール・ヤングの詞にあるような気がするんですよ。それから、ブルース・スプリングスティーンも素晴らしいですね。この間「ザ・リバー」を訳したんですけど、やっぱりよくできていますね。スプリングスティーンのPVも撮ったことのある映画監督のジョン・セイルズが、「スプリングスティーンはミュージシャンだけど、素晴らしい短編作家でもある」と言っていましたけど、「ザ・リバー」はまさにそう思います。あれはすごくヴィジョナリーというか、イメージが湧き出てくるような詞ですね。

―最近ご興味のあるロックは?
新しいバンドのアルバムもよく買いますけど、いま興味があるのは歌詞ですね。同時代的なものというのは、歌詞の中にかなり入ってきていると思うんですよ。あの2001年9月11日以降はけっこう多いと思うんです。ニール・ヤングはその典型だと思います。この時代に、イラクのこととか、いろいろ素材として書きますよね。いい悪いはべつとして、ともかく彼自身はそれを書く。同時代性を感じる部分が文学とはまた違ったところにあって、すごく面白いですね。そういう点もあって、いまの音楽の詞は気になります。


1959年兵庫県生まれ。文筆家。京都造形芸術大学准教授。同大学にて芸術表現・アートプロデュース学科クリエイティブ・クライティング・コースを担当。『新潮』(新潮社)『文学界』(文藝春秋)『すばる』(集英社)『小説現代』(講談社)『本の雑誌』(本の雑誌社)『ダ・ヴィンチ』(角川書店)などの雑誌に、創作、翻訳、小説、評論、エッセイなどを寄稿。著書に『One author One book』『翻訳文学ブック・カフェ』(本の雑誌社)、『アメリカン・チョイス』(文藝春秋)など。また、渋谷のタワーレコードで柴田元幸氏(英米文学者、翻訳者)とボブ・ディランやニール・ヤング、ブライアン・ウィルソンなどを取り上げたトーク・イベントを行なったり、イラストレーターの山崎杉夫氏、ミュージシャンの杉浦哲郎氏と、立体文学・紙芝居『ここだけ雨が降っている』を渋谷古書センター・フライングブックスなどで上演した。


『翻訳文学ブックカフェ2』

『翻訳文学ブックカフェ2』
新元良一著
本の雑誌社 ¥2,310(税込)
柴田元幸氏、岸本佐知子氏、高見浩氏、沼野充義など名翻訳家12名に新元氏が翻訳家という仕事や現在の海外文学に関してインタビューをしてまとめた、「翻訳の愉しみ」。
2007年10月刊。



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