90年代、バンド活動の拠点を九州から東京に移すために上京した、向井秀徳(ZAZEN BOYS)。その類い稀な才能で構成される楽曲/ステージはますます逸脱し、東京はもちろん日本のロックシーンを今なおリードし続けている。その背景にある彼の東京での暮らし、上京して9年の月日の中で変わっていった東京観と、それらが影響するZAZEN BOYSとしての表現、そして「ロックなTOKYO」について話を聞いた。
インタビュー/文=松田義人 写真/サコカメラ

―向井さんが東京に出てきたのはいつですか?
向井秀徳(以下M):まぁ、9年とかそんな感じですよ。東京には変なイメージを持ってて、特別なイメージでありました。特別っつーのはテレビで観る「犯罪が多い」「人は皆心に砂漠を持って」「すごく寂しい」「孤独である」「街を行きかう人たちは全部目も合わせてくれない」と。凄くこう冷たい感じのイメージがありました。ただね、それは自分に対して「これからそういう場所に行くぞ」という意味で、自分を煽り立てて、そういうイメージを持ってたかもしれないですね。自分をしっかりさせるためにそういうイメージを持ってたかもしれないですね。

―実際の東京はどうだったんですか?
M:バンドで上京してデビューするんですけど、このテンパリ感と「本当にやったるぞ」という、緊張感と興奮がすごくありまして出てきてから1縲鰀2年くらいはずっとヒリヒリ、ピリピリしてたような気がします。その目に映る東京というのはね、まあやっぱり、さっきの抱いていたイメージとあいまってね、なんかこう、ピリっとした、ピリ辛な感じでしたよ。そういうピリピリした感じでバンドで曲を作ったりするわけですよ。

―それはやっぱり東京じゃないと出来なかった曲。
M:まあ、そうでしょうね。例えば、ロンドンとか、ニューヨークシティとかに移り住んでいたら、それはまたそれで違う曲とかを作ったでしょうけどね。常にだから音楽をやってまして、その音楽に対してはまあ、あんまり余裕をぶっこいてはないですよ。ただ、その日常生活として、東京で生活するというのは、自分の日常になってきてはいます。東京という特別な場所にいるんだ、みたいな意識はあんまりないです。

―もともと向井さんは佐賀出身ですけど、東京に来ることによって、それを強く意識されたことはありますか? 血のような部分を。
M:佐賀人とか福岡人とか、そういうことは思ったりしないですけど、「田舎モンか、そうじゃないか」って分けるとしたら、やっぱ完全に田舎もんだなって常に思いますね。どんな場面でも。例えばこう物の考え方とかね。物理的な「田舎は空気がきれいだったのに、東京は汚くて嫌だ」とか、そういうことじゃなく。

―具体的には?
M:個人的なことをいえば、東京っぽい都会的な輪の中に入れないんですよ。もう大人ですから、そういう中で話をすることもできるし、コミュニケーションとしての付き合いもできると思うんですけど、人と人との重なりの中ではね(笑)「この感じに馴染むことは一生出来んのやろなー」って思うことはありますよね。(都会人は)軽妙ですよね。軽い感じ。軽い感じになりきれないっていうのありますね。


1973年佐賀県出身。1995年、九州にてナンバーガールを結成し、上京後デビュー。2002年解散後、ZAZEN BOYSを結成。ボーカル、ギター、キーボードを担当。また、Scoobie Doの最新アルバム「トラウマティック・ガール」ではプロデューサーとして参加、新たな才能を見せた。
オフィシャルHP→www.mukaishutoku.com
myspace→www.myspace.com/zazenboys




12月7日 福岡 DRUM LOGOS
12月9日 岡山 CRAZYMAMA KINGDOM
12月10日 大阪 BIGCAT
12月12日 東京 SHIBUYA-AX
12月16日 旭川 CASINO DRIVE
12月17日 札幌 PENNY LANE 24
12月19日 仙台 CLUB JUNK BOX
12月20日 宇都宮 HEAVEN'S ROCK
12月23日 名古屋 CLUB QUATTRO
12月24日 福井 CHOP
12月26日 新潟 CLUB JUNK BOX
(問)www.mukaishutoku.com



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