QUEEN伝説、再び!
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大貫憲章 / KENSHO ONUKI
音楽評論家、DJ、イベントプロデューサー。71年大学在学時から音楽評論家としてキャリアをスタート、当時無名のQUEENを日本にいちはやく紹介した。また、セックス・ピストルズやクラッシなど、ロンドン・パンクのムーブメントを現地取材にてヴィヴィッドに紹介するなど、雑誌、ラジオを中心に各メディアでUKロックシーンの「今」を紹介し続けている。
www.kenrocks.net



Queen in Vision 2008/クイーンイン・ヴィジョン2008〜グレイテストTV&ムーヴィー・ヒッツ Queen/クイーン
EMIミュージック
TOCP-70480 ¥1980(税込)
2/27発売
1 イッツ・ア・ビューティフル・デイ
2 ボーン・トゥ・ラヴ・ユー
3 愛にすべてを
4 ドント・ストップ・ミー・ナウ
5 バイシクル・レース
6 キラー・クイーン
7 手をとりあって(ハイ・ディフィニション・ミックス2005)
8 フラッシュ〜伝説ヒーロー
9 ボヘミアン・ラプソディ
10 ウィ・ウィル・ロック・ユー
11 伝説のチャンピオン

2000年、20万枚限定生産アルバムとして発売され、またたく間に完売したQueenタイアップコンピレーションのパワーアップ・バージョン。
2004年以降にTV-CMや映画で使用された名曲11曲を集めた豪華盤。
F1中継番組の新たなテーマ曲としてクイーンによって制作された「フラッシュ〜伝説のヒーロー」など、いままでのクイーンコンピには収録されていなかった楽曲も多数収録。
デビュー35周年日本オリジナル企画完全限定盤。


わがクイーン 神よ、クイーンに御加護を! 大貫憲章
 クイーンの人気がこの数年また大いなる盛り上がりを見せているのに、昔のファンのひとり、あるいは、彼らの日本でのデビューに関わった者のひとりとして、何だか、驚きを通り越して戸惑いをおぼえる。今は過去の彼らと同じではないし、時代もなにもかもが違うのに、彼らの人気は不滅のようだ。まさに「伝説のチャンピオン」のように。
 
 ぼくが彼らの存在を知ったのは、まったくの偶然だった。あれは、ぼくが大学に在学中の73年の夏のこと。すでに、その頃から一応「音楽評論家」という肩書きで仕事もしていたが、特に好んで聴いていたのはイギリスのロック、今で言うならUKロック、あの当時はブリティッシュ・ロックと呼ばれたものだった。仕事も自然にそういう類いのバンドに関するものが多く、レコードの解説(ライナーノーツ)とか、雑誌の記事など色々と手がけていたし、ほかにも、レコード・コンサートやフィルム・コンサートなどの司会とかもやらせてもらっていた。フリーの音楽評論家がまだたくさん存在出来た時代だった。
 で、その73年の夏休みに、ぼくは友人のレコード会社の若手ディレクターのKさん(多分、ここにも登場しているはず)と一緒に初の海外旅行にロンドンへと向かった。理由は言うまでもなく、この目と耳で本場のブリティッシュ・ロックを体験するためである。そして、その目玉が当時イギリスで一番規模が大きく、歴史もある野外フェスだった「レディング・フェスティバル」を見ることだった。今のように観光化されていないフェスをわざわざ日本から見に行くなんてことは、本当に好きなマニアか仕事絡みでしかありえない時代だった。
 
 ロンドンの安宿を根城に2週間足らずではあったが、あちこちのロック・スポットを自ら探して回った。ライブ・ハウスとして名高い「マーキー・クラブ」や芸能/音楽関係者が多く出入りするという「スピークイージー」から、街のレコード店やロックなグッズのあるブティックや土産物屋まで、毎日どこかしらに出歩いていた。ロクに英語も話せないのに。


 そんなある日のこと、ソーホー界隈のありふれたレコード店に入って何の気なしにレコード掘りをしていて、ふと、あるポスターに目が行った。新人バンドのレコード発売の告知用のものらしく、その名前はまるで聞き覚えのないものだった。そこにはQUEENという文字が記されていた。メンバーと思われる人物の写真もあり、とにかく、何故か気になり店員さんに恐る恐る尋ねた。彼の言ってることの半分も分からなかったが、要するに、新人でしかもレコードは今はない、ということだった。その時はそれで終わり、レディングにも出かけたくさんのバンドをこの目で見て満足し、帰途についたのだ。
 そして、いつか、クイーンのことも頭から消えかかっていたその年の末12月のある日、一緒に行ったKさんから突然の電話。それは、実に素晴らしい偶然の続きであった。いわく「大貫さぁ、お前がイギリスで騒いでいたクイーンなんだけど、アレ、ウチの会社で出すことになったよ。しかも、担当がオレなんだ。今そのマスター・テープ(あの頃はテープで海外からの音が届いていた)が来たんだけど、聴きに来る?」。もちろん、ダッシュで六本木にあったワーナー・パイオニアのオフィスに向かい、試聴用のブースで届いたばかりの音を聴いた。大げさでなく、行方の分からなくなっていた最愛の恋人に、いきなり出くわしたような、そんなショックと感激を受けた。そして、その恋人の生み出す音は実に素晴らしいものだったのだ。
 

 今まで国内、海外を問わず実に多くのミュージシャンやバンドと出会って来ているが、ああいう出会いは後にも先にもない。まるで、彼らは自分と出会う運命にでもあるような、そんな気さえしたのだから。
 そして、当然のようにそのデビュー・アルバム『戦慄の王女』の解説を書いた。同じ解説にぼくがガキの頃からラジオや雑誌で憧れていた故、福田一郎さんの書かれたものが載っていたのも嬉しかった。かなりなアッパーなテンションで一気に書いた文章は、色々な方々からひやかされたりしたが、とにかく、イギリスでもアメリカでもまったく認知されていないバンドではあったが、ぼくにはコイツらは凄いことになるという予感というより、確信みたいなものがあった。何故って、あんなにサウンドがファンタスティックでルックスもよくて、いかにもブリティッシュなセンスと伝統を感じさせるバンドが、ウケないわけがないと思った。
 
 やがて、音楽雑誌が取り上げるようになると編集部に女の子たちから問い合わせの電話がひっきりなしにかかって来るようになったとの話も聞いた。「やっぱりね」である。それまでロック・ファンの大半は男子で女の子たちはアイドル、という認識だったのがこのクイーンの登場で覆った、と言っても過言ではない。時代のひとつの分かれ目の瞬間だった。そして、そういう場面に出会えたことに今でも感謝している。だから、ぼくにとってクイーンの一番好きな作品はデビュー・アルバムであり、曲ならその中の「Great King Rat」なのだ。「神よ、クイーンに御加護を」。



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