
東郷かおる子(とうごう・かおるこ)
音楽評論家。『ミュージックライフ』
元編集長。1960年代後半から1980年代にかけて、クイーン、エリック・クラプトン、ディープ・パープル、デュラン・デュラン、ジャパン、ポリスなど、さまざまな洋楽アーティストを日本に紹介した。クイーン人気に火をつけた功労者の1人として知られる。
近著に『わが青春のロック黄金狂時代』(角川SSコミュニケーションズ)。
東郷かおる子さんのインタビューはこちら
音楽評論家。『ミュージックライフ』
元編集長。1960年代後半から1980年代にかけて、クイーン、エリック・クラプトン、ディープ・パープル、デュラン・デュラン、ジャパン、ポリスなど、さまざまな洋楽アーティストを日本に紹介した。クイーン人気に火をつけた功労者の1人として知られる。
近著に『わが青春のロック黄金狂時代』(角川SSコミュニケーションズ)。
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EMIミュージック
TOCP-70480 ¥1980(税込)
2/27発売
1 イッツ・ア・ビューティフル・デイ
2 ボーン・トゥ・ラヴ・ユー
3 愛にすべてを
4 ドント・ストップ・ミー・ナウ
5 バイシクル・レース
6 キラー・クイーン
7 手をとりあって(ハイ・ディフィニション・ミックス2005)
8 フラッシュ〜伝説ヒーロー
9 ボヘミアン・ラプソディ
10 ウィ・ウィル・ロック・ユー
11 伝説のチャンピオン
2000年、20万枚限定生産アルバムとして発売され、またたく間に完売したQueenタイアップコンピレーションのパワーアップ・バージョン。
2004年以降にTV-CMや映画で使用された名曲11曲を集めた豪華盤。
F1中継番組の新たなテーマ曲としてクイーンによって制作された「フラッシュ〜伝説のヒーロー」など、いままでのクイーンコンピには収録されていなかった楽曲も多数収録。
デビュー35周年日本オリジナル企画完全限定盤。
TOCP-70480 ¥1980(税込)
2/27発売
1 イッツ・ア・ビューティフル・デイ
2 ボーン・トゥ・ラヴ・ユー
3 愛にすべてを
4 ドント・ストップ・ミー・ナウ
5 バイシクル・レース
6 キラー・クイーン
7 手をとりあって(ハイ・ディフィニション・ミックス2005)
8 フラッシュ〜伝説ヒーロー
9 ボヘミアン・ラプソディ
10 ウィ・ウィル・ロック・ユー
11 伝説のチャンピオン
2000年、20万枚限定生産アルバムとして発売され、またたく間に完売したQueenタイアップコンピレーションのパワーアップ・バージョン。
2004年以降にTV-CMや映画で使用された名曲11曲を集めた豪華盤。
F1中継番組の新たなテーマ曲としてクイーンによって制作された「フラッシュ〜伝説のヒーロー」など、いままでのクイーンコンピには収録されていなかった楽曲も多数収録。
デビュー35周年日本オリジナル企画完全限定盤。
クイーンについては、今まであまりにも方々で書きつくし、語りつくしているので、いくら頭を掻きむしっても新しいエピソードは思いつかない。それだけ今もって人気が高いということなのだろうが、今回のこの原稿も熱心なファンにしてみれば、毎度お馴染みの聞き古した話になってしまうのを、お許し願いたい。
私が音楽専門誌「ミュージック・ライフ」の編集部員としてクイーンの取材をした回数は多すぎて、正直言って覚えていない。ただ今でも鮮烈な印象を残しているのは、私にとって「最初」と「最後」のクイーンだ。それは取材の対象だった超人気バンドを見る目ではなく、もっと真っ白な先入観のない気持ちで彼らを見ることが出来たからだと思う。
「最初」のクイーンは私が初の海外取材でひとりニューヨークにいた1974年に遭遇した。それはまさに「遭遇」と言える出会いで、とあるレストランで業界関係者と昼食を取っていた時だ。雑談中に、ふと入り口に目をやると、やけに目立つ白いスーツを着たブロンドのロング・ヘアの男性の姿が飛び込んで来た。直感的に、それが新人バンド、クイーンのドラマー、ロジャー・テイラーだと分かった途端、スタスタと近付くや自分が日本から来た音楽雑誌の編集者だと自己紹介をしていた。ろくに英語も話せなかったわりには怖いもの知らずで、ヤル気だけは満々だった当時の自分を思い出すとヒヤ汗が出る。
当のロジャーも日本のことなど頭の隅にも考えていなかったはずで、呆れたようなキョトンとした顔で見上げたのを、良く覚えているし、大きな瞳が美しいブルーだったことも、やけに覚えている。その彼の態度がコロッと一変したのは、私が持参していた「ミュージック・ライフ」を見せた時だ。自分達の写真を見つけるや否や、大興奮してはしゃぎ出し、こちらの唐突な取材交渉にも二つ返事でOKしてくれた。マネージャーも通さずに直接、交渉するなど、いくら74年当時のこととは言え、掟破りの蛮行(?!)だったのだが、私はひそかに目を付けていた新バンドとの幸運な遭遇に、彼は未開(?!)の国からの取材依頼に、それぞれ浮かれてしまったのだ。
私が音楽専門誌「ミュージック・ライフ」の編集部員としてクイーンの取材をした回数は多すぎて、正直言って覚えていない。ただ今でも鮮烈な印象を残しているのは、私にとって「最初」と「最後」のクイーンだ。それは取材の対象だった超人気バンドを見る目ではなく、もっと真っ白な先入観のない気持ちで彼らを見ることが出来たからだと思う。
「最初」のクイーンは私が初の海外取材でひとりニューヨークにいた1974年に遭遇した。それはまさに「遭遇」と言える出会いで、とあるレストランで業界関係者と昼食を取っていた時だ。雑談中に、ふと入り口に目をやると、やけに目立つ白いスーツを着たブロンドのロング・ヘアの男性の姿が飛び込んで来た。直感的に、それが新人バンド、クイーンのドラマー、ロジャー・テイラーだと分かった途端、スタスタと近付くや自分が日本から来た音楽雑誌の編集者だと自己紹介をしていた。ろくに英語も話せなかったわりには怖いもの知らずで、ヤル気だけは満々だった当時の自分を思い出すとヒヤ汗が出る。
当のロジャーも日本のことなど頭の隅にも考えていなかったはずで、呆れたようなキョトンとした顔で見上げたのを、良く覚えているし、大きな瞳が美しいブルーだったことも、やけに覚えている。その彼の態度がコロッと一変したのは、私が持参していた「ミュージック・ライフ」を見せた時だ。自分達の写真を見つけるや否や、大興奮してはしゃぎ出し、こちらの唐突な取材交渉にも二つ返事でOKしてくれた。マネージャーも通さずに直接、交渉するなど、いくら74年当時のこととは言え、掟破りの蛮行(?!)だったのだが、私はひそかに目を付けていた新バンドとの幸運な遭遇に、彼は未開(?!)の国からの取材依頼に、それぞれ浮かれてしまったのだ。
翌日、彼らの宿舎での初インタビューが実現したのだが、この時、フレディは買い物で、ブライアンは体調不良で不在だった。後年、フレディの異常なまでの買い物好きを知ったのだが、この時は「買い物」と聞いても何も感じなかった。一方、せっかくだから挨拶だけでもと寝ているブライアンを見舞ったのだが、実はその時彼はウィルス性の肝炎を患っていた。クイーンにとって初のチャンスだった、この年の全米ツアーはブライアンの病気で、あえなく途中でキャンセル! 後にそれが彼らにとって、かなりショックな事件だったことを知るのだが当時は、この長身の青年の真っ青な顔を見て、えらく気の毒に思っただけだった。
この74年のクイーンは、同じイギリスのバンド、モット・ザ・フープルの前座としてアメリカにいたのだが、私がニューヨークに行ったのも、そのモットの取材が目的だった。ブロードウェイで行われたコンサートで前座バンドとして初めて見たクイーンは荒削りだったが、私にはキラキラ輝く未来のスター候補生に見えた。「彼らは絶対、日本で人気が出る!」という確信は、その後、事実になったわけだ。今でも、あの簡素なステージでの4人の一生懸命な姿を思い出す。
この74年のクイーンは、同じイギリスのバンド、モット・ザ・フープルの前座としてアメリカにいたのだが、私がニューヨークに行ったのも、そのモットの取材が目的だった。ブロードウェイで行われたコンサートで前座バンドとして初めて見たクイーンは荒削りだったが、私にはキラキラ輝く未来のスター候補生に見えた。「彼らは絶対、日本で人気が出る!」という確信は、その後、事実になったわけだ。今でも、あの簡素なステージでの4人の一生懸命な姿を思い出す。

「最後」のクイーンは、1985年7月に行われた歴史的なロックのイベント「ライヴ・エイド」でのステージだ。この頃の彼らは、やや人気に陰りが見え始め、ツアーにも積極的ではなくなり、同時にバンド内の雰囲気もギクシャクしていた時期だ。前年に実質的に最後となった6度目の日本ツアーが行われたが、正直言って彼らは解散の危機にあった。クイーンではなく、巨大イベント「ライヴ・エイド」の取材のためにロンドンまで飛んだのだが実は・・私は、この時、初めて心底クイーンを素晴らしいバンドだと思った。いや、それまで何度も見て来た彼らのステージを素晴らしいと思わなかったわけでは決してない。だが、いつも気持ちのどこかで取材対象として、職業的な冷めた見方をしていたかもしれない。それが、どうだろう!
ライヴ・エイドでのクイーンは、他のどのアーティストより輝いていたし、素晴らしかったのだ。全アーティストが与えられた20分という均等な演奏時間内で、彼らほど、その魅力と実力を見せ付けたアーティストはいなかった。演奏された怒涛のヒット・メドレーにのって何万人もの観客を自在に操るフレディの稀代のエンターテイナーぶりに圧倒された。そう、これがクイーンだったのだ。この出演を機にクイーンは再び、羽ばたき始め危機を脱している。私が見た最後の「4人クイーン」は、デビュー以来、見続けて来たステージのなかで、間違いなく最高だった。
ライヴ・エイドでのクイーンは、他のどのアーティストより輝いていたし、素晴らしかったのだ。全アーティストが与えられた20分という均等な演奏時間内で、彼らほど、その魅力と実力を見せ付けたアーティストはいなかった。演奏された怒涛のヒット・メドレーにのって何万人もの観客を自在に操るフレディの稀代のエンターテイナーぶりに圧倒された。そう、これがクイーンだったのだ。この出演を機にクイーンは再び、羽ばたき始め危機を脱している。私が見た最後の「4人クイーン」は、デビュー以来、見続けて来たステージのなかで、間違いなく最高だった。
