それとホテルの部屋と言えば、何と言っても大阪のロイヤル・ホテルでだったんですが、ここでの乱暴狼藉は完全に伝説ですね。確かボンゾだと思うんですが、本物の日本刀を部屋で振り回し、壁には大きな刀傷をいくつも作って完全に破壊してしまったんです。もう誰も止められないし、とてもじゃないけど恐くて誰も注意できない、そんな感じです。結局、その時はホテル側から厳重注意を受け、結局5部屋分の修理代と休業補償とかで僕が請求書を会社に持ち帰るハメになったんです。僕の記憶では当時のお金で500万円近かったという記憶があるんですが、後で確認してみたら300万円弱だったらしいですけどね。会社で交渉したのかもしれないですが。それでも今の金額に換算したら、2000万円以上になるんじゃないですかね。何しろ35年以上前の話ですから。
また大阪で忘れられないのは、夜、みんなで飲みに行ったんですが、深夜の帰り道、交差点で赤信号だと近くの石を拾い、誰かが信号のランプに石を当てて割るまで道路を渡らないわけです。彼らにしてみれば一種のゲームなんですが、それで何個信号を壊したことか。よく逮捕されなかったと思いますよ。おまけに飲み屋の前にある電飾の看板がありますよね。あれを抱えられるだけ盗んでホテルに持ち帰り、ロビーにズラーッと並べるわけです。軽く20個以上はあったですね。もうみんなお酒を飲み過ぎてベロベロに酔っ払っているし、ホテルの人も呆然と立ち尽くしているという感じでした。
東京では、深夜になると赤坂のビブロスとか伝説のクラブに夜ごと繰り出して遊ぶんですが、飲み方も半端じゃなかったですね。例えばちょっと退屈すると、グラスが空いた瞬間、それを一緒に来ていたスタッフに投げつけるんです。だから常にグラスをお酒で満たしておくか、常に注意してないと大怪我するわけですよ。毎日どれだけグラスを割ったことか。幸いそのゲームには連れのスタッフは慣れていたようで怪我人は出なかったですけど、とんでもないルールというかゲームですよね。
それとこれは僕が一緒にいた時の話じゃないんですが、タクシーに乗れば運転手の帽子が欲しいからと無理矢理1万円で買い取ったり、道を歩いていれば下駄を履いている人を見つけ、それがよほど珍しかったのかその場で1万円渡して買い上げたり、やることなすこと滅茶苦茶でしたね。でも、当時下駄なんて1000円もしないでしょうから、1万円を握らされて下駄を取られた人は嬉しかったでしょうけど。ただその後、裸足で靴屋さんを探さなければいけなかったでしょうから、今考えると笑えますけどね。
何だかツェッペリンの悪行狼藉ばかり話しているようですが、もちろん良い想い出もたくさんあります。僕の人生に於いても最高と言える想い出は、やはり武道館でのリハーサルで遅れてきたジミー・ペイジに代わり、あの3人と一緒にサウンド・チェック時にツェッペリンの曲を3曲も演奏したことですね。恐らくそんなことが出来た外部の人間なんて他にはいないんじゃないでしょうか。実は最初、当時の僕の上司でカントリー・ギターの名手だった人がスリー・コードでメンバーとセッション的に音合わせをしていたんです。そうしたら誰かツェッペリンの曲を弾ける奴はいないのかってことで、僕が代わりにジミーさんのレスポールを持って武道館のステージで弾いたんです。もともと僕は左利きなんで右用のギターでは上手く弾けないんですが、当時は恐いもの知らずですから最初に「胸いっぱいの愛を」のリフを弾き始めたんです。そうしたらボンゾの爆撃のようなバカでかくて重い音のドラム・フィルがズドドドと入ってきてもうマジでビビッてぶっ飛びましたね。やっぱりこいつらは化け物だと思いました。で、それから「コミュニケイション・ブレイクダウン」「ユー・シュック・ミー」も一緒に演奏したんですが、やっぱりこいつじゃダメだということになってクビになったところにジミーさんが現れて事なきを得たと(笑)。ただそれ以来、メンバーにもちゃんと憶えてもらえたようで、翌年に再来日したときは僕は正社員として仕事で関わったわけですが、一度目よりはスムーズに付き合えました。ただ2度目の時もホテルの部屋にオーディオ・セットを用意しろと言うことで、特別にホテルの許可を得て持ち込んだんですが、ロバート・プラントがドアを開け放ったままフル・ヴォリュームで流していて、苦情を処理するのに大変でした。やっぱり注意なんて恐くてできないですよ(笑)。
そんなわけで、大学生だった僕が最初に仕事として体験したロック・バンドの生態がそれですから、その後はクイーンにしろディープ・パープルにしろ可愛いもんです。ただツェッペリン後遺症のようなものは僕にも、当時仕事として関わった上司にもかなり残り、何か仕事でストレスが溜まったときなど、一時期平気で物をぶち壊したりすることに抵抗が無くなって困ったことがありましたから。ここでは言えないようなとんでもないものを壊したこともありますよ。幸い今はそういう破壊衝動はないですけどね(笑)。いずれにしてもツェッペリンとの想い出は、事実だったのに夢のような、凶暴な異星人と一緒に過ごしたような未だに不思議な感覚の、特別な記憶として深く僕の中に残っています。

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初来日時に配られたチラシ。裏には亀渕昭信さんによる日本のリスナーに向けたレッド・ツェッペリンの紹介文がチラシ全面に印刷されている。
