A Interview with Hiromi Part2 上原ひろみ 新作『BEYOND STANDARD』について
現代の「月の光」が描けたんじゃないかと思います。
 もう一つ、スタンダードの名曲が収録されている。SONICBLOOMのギタリスト、デヴィッド・フュージンスキーのプレイが冴えわたる「キャラバン」だ。彼女に言わせれば、この曲はフュージンスキーありきの選曲だったそうだ。
「私がフューズのギターに恋したときから「キャラバン」を弾いたらかっこいいって、勝手にずっと思っていて。世界を旅するキャラバン…私たちのバンドが日々世界を旅している、そういう普段の私たちの生活を曲に映し込めたらいいなと思って。それで、いろんな国のグルーヴを掛け合わせていて。まるで世界珍道中みたいと言うかね(笑)」
 ワールド・ツアーでは、衣装ケースが紛失して普段着でステージに上がるメンバーがいたり、パスポートやiPodをなくすなんていうのはしょっちゅうだそうで、そんなズッコケ4人組の慌ただしくも楽しい旅の様子が目に浮かぶようだ。また、それに続く坂本九の「上を向いて歩こう」は、リズミカルなビートによる斬新さで、今までに聴いたことのないアレンジに仕上がった。でも、実に「上を向いて歩こう」している。
「これは特にレコードを買ったとかいうのはなくて、どこかで耳にして、いつの間にか覚えていつの間にか弾いていた。今回改めて坂本九さんのCDを聴いたんですけど、すごくポジティブなメッセージが込められていてグッときましたね。だから私も聴いた人を後押ししてあげられるようなものにしたいと思って、まずはテンポを考えるところから作っていったんです。歩きながら携帯にタッタッタッて口で言って吹き込んで、あとでメトロノームで測ったんですけど(笑)」
 自分が前向きなときのテンポ感が人にも元気を与えられる、と言うのが彼女の考えだ。確かにあの跳ねたビートを聴けば、きっと誰もが心トキメかせることだろう。このように、様々な楽曲に対して多彩なアレンジが施されたアルバム。アレンジの天才ぶりはこれまでの作品でも知られているところだが、彼女を思いのほか苦しめた曲が一つある。ドビュッシーの「月の光」だ。
「原曲そのものがすごく長いので。他の曲は主題の部分だけならリード・シート1枚で書けてしまうんですけど、「月の光」は曲が長い分素材がすごく多くて、インプロなしで弾いても5〜6分あって。その中からどこをどう引用してどう着地させるか考えるのが大変で、何度もやり直していたらすごく時間がかかってしまった。延べで何ヶ月かやっていたと思います。ドビュッシーの時代には石造りの家で静けさの中から月を見ていたと思うんだけど、私たちはビルの合間から街のざわめきの中で月を眺めている。きっと、ドビュッシーの時代では見ることの出来なかった、現代の「月の光」が描けたんじゃないかと思います」
 ラストに収録されたピアノ・ソロ「アイ・ガット・リズム」は、故オスカー・ピーターソンと交流があったことから彼に捧げられた曲。8年くらい前に自宅に招かれたとき、彼の前で弾いてみせたのがこの曲だったと言う。
「オスカーが亡くなって3週間後にレコーディングしたんですけど、8年前、当時はもうオスカーは車いすで、でも私が弾いていると立ち上がって身を乗り出して聴いてくれた。彼との架け橋になったという意味でも忘れられない思い出のある曲なので、絶対に入れたかったんですよね。オスカーはきっと天国で聴いてくれていると思う。どの曲もそうだけど、作り手が誠心誠意の気持ちを込めて作った曲なので、私が自信を持って聴き手に届けられるような作品にしたかったし、原曲を作った人にも聴いてもらいたいと思えるようなレコードにしたかったんです」
 身体を左右に揺らしながら、にこにこの笑顔でメロディを口ずさみながら指を滑らす、往年のオスカーの映像を観たことがある。上原の弾く「アイ・ガット・リズム」を聴き、あのにこにこ顔を思い出した。そう言えば彼女も、ライヴではよくメロディを歌いながら弾いていた。口ずさむと言うより大声で歌っている感じだけど。
 冗談交じりで笑いながら「出来ることなら原曲者の全員に“どうぞ御納め下さい”って熨斗を付けて配りたい」と言う彼女。オスカーに限らず、ドビュッシーも中村八大も、これを聴いたらきっとブラボー! と叫ぶにちがいない。それは、どの曲もたっぷりの愛情を込め、手塩にかけてアレンジし演奏されているのがわかるから。そのことは、聴けば聴くほどに伝わってくる。音楽は国境を越えるとよく言うが、彼女の音楽は本当に、あの世とこの世の境いさえも飛び越えてしまいそうな気がする。上原ひろみの『BEYOND STANDARD』…その先に広がる素晴らしき音楽の世界を堪能してほしい。
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