クラシック 音楽の愉しみ Year of GLENN GOULD グレン・グールド物語
Real Jazz
SPECIAL PRESENT
グレン・グールド生誕の地「カナダ・オンタリオへの旅」に ペアでご招待!
※終了いたしました
ALBUM グレン・グールド&ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベートーヴェン: ピアノ協奏曲第3番&シベリウス: 交響曲第5番
グレン・グールド&ヘルベルト・フォン・カラヤン
/ベートーヴェン: ピアノ協奏曲第3番&シベリウス:
交響曲第5番
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
SICC-908 \2,520(税込)
2008年5月21日 国内盤発売

グレン・グールド生誕75年、また、カラヤン生誕100年を記念して発売された数あるCDの中でも、特別な作品だ。今や伝説となった2人の音楽家の初共演となった1957年5月に行なわれたベルリンでのライヴを収録。「ゴルトベルク変奏曲」をリリースした翌年、25歳の若きグールドとベルリン・フィル音楽監督に就任して2年の天才カラヤンとの貴重な音源だ。シベリウスはカラヤンの十八番。中でも「交響曲第5番ホ長調作品82」は、4種類の録音が知られているが、レパートリーが極端に狭いグールドがカラヤンのシベリウス演奏に感銘を受け、以後、レパートリーの中にシベリウスを取り入れるようになった…という意味合いからも貴重な1枚。ジャケットの若き2人の姿も感慨深い。

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日本人を引き寄せるグールドの魅力とは?

 ではグールドは日本通だったのか? 確かに、日本を含め東洋の文化に対する関心はあったようで、漱石のほかの小説も何冊か入手していたし、映画では、勅使河原宏監督の『砂の女』が大好きだった。また、自分のレコードの売れ行きが世界でいちばんいい国が日本であることを誇らしく思っていたらしい(それから、晩年の《ゴールドベルク変奏曲》を録音したのは、ニューヨークで見つけたヤマハのピアノだった)。でも、日本はあくまで彼の憧れであって、具体的なイメージや深い知識があったかどうか、わからない、と宮澤さんは指摘する。(また、日本からの招聘にも応じなかった。招聘は演奏会活動を開かなくなってからのことで、飛行機に乗るのはまっぴら御免だったようだ。)

 「『草枕』にしても、日本的な雰囲気よりも、西欧の知識人にも通じる主人公の知的な態度にグールドはまず惹かれたのかもしれません。主人公は、俗世間の人情にとらわれることを拒否して、すべてを絵のように客観的に見る態度をとります。英訳にあたると、その態度はディタッチメント(超然性)と表現されている。ディタッチメントはグールドが好んだ言葉だったし、グールドと親しかったメディア論者のマクルーハンが頻繁に用いたキーワードでもありました(メディアの変化が生み出す社会の混乱をディタッチメントの姿勢で観察しよう、という主張)。

実は、『草枕』の英訳に出てくる“ディタッチメント”を日本語の原書で確かめると、“非人情”なのです」――宮澤さんはそう語る。なるほど、そんな表現が日本で書かれた小説に現われたので、グールドは驚き、夢中になったのかもしれない。それにしても、“非人情”は詩的だけれど、“ディタッチメント”は、ちょっと冷めた感じがする。そのちょっと冷たく構える態度がグールドらしいとも言える。

 それでもグールドが『草枕』を通して日本の文学・芸術の世界を垣間見ていたことは間違いなく、私たちはその事実を素直に喜びたい。彼の残した後半生のレコードの数々は、『草枕』を通過した人物の知性と情緒の結晶なのだから。日本文化はグールドの磁力の一部となっているのだ。

 死後四半世紀を過ぎても、グールドの磁力は私たち日本人を引き寄せ続けている。噂に聞いたのだが、グールドの墓を訪ねて単身トロントへ渡った日本人女性がいるそうだ。彼女は、そのときに出会ったカナダ人男性と結婚し、現地に暮らしているという。私たちとグールドをつなぐ、ロマンティックな話だ。


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