クラシック 音楽の愉しみ Year of GLENN GOULD グレン・グールド物語
Real Jazz
SPECIAL PRESENT
グレン・グールド生誕の地「カナダ・オンタリオへの旅」に ペアでご招待!
※終了いたしました
ALBUM グレン・グールド&ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベートーヴェン: ピアノ協奏曲第3番&シベリウス: 交響曲第5番
グレン・グールド&ヘルベルト・フォン・カラヤン
/ベートーヴェン: ピアノ協奏曲第3番&シベリウス:
交響曲第5番
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
SICC-908 ¥2,520(税込)
2008年5月21日 国内盤発売

グレン・グールド生誕75年、また、カラヤン生誕100年を記念して発売された数あるCDの中でも、特別な作品だ。今や伝説となった2人の音楽家の初共演となった1957年5月に行なわれたベルリンでのライヴを収録。「ゴルトベルク変奏曲」をリリースした翌年、25歳の若きグールドとベルリン・フィル音楽監督に就任して2年の天才カラヤンとの貴重な音源だ。シベリウスはカラヤンの十八番。中でも「交響曲第5番ホ長調作品82」は、4種類の録音が知られているが、レパートリーが極端に狭いグールドがカラヤンのシベリウス演奏に感銘を受け、以後、レパートリーの中にシベリウスを取り入れるようになった…という意味合いからも貴重な1枚。ジャケットの若き2人の姿も感慨深い。

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20世紀を代表する不世出のピアニスト、グレン・グールドは、1982年10月4日、50歳という若さで急逝し、
世界中のファンを悲しみに落とし入れた。
没後25年を過ぎてもなお、その個性的なピアニズムは多くの人々に支持され、輝きを失わない。人生もまた超個性的。
いまや伝説的に語り継がれるエピソードも多く、神格化しつつあるが、素顔は人間的で大いなる諧謔精神の持ち主だった。
その音楽性、人間性の両面を浮き彫りにしてみたい。
 
ジャイルス・ピーターソンが作り出した“新しいジャズの流れ”の切り札
 グレン・グールドは1932年9月25日、カナダ最大の都市、オンタリオ州の州都トロントに生まれた。父はアマチュアのヴァイオリニストで、母はピアノとオルガンを弾いた。グールドは2歳から音楽の才能を現し、3歳にして絶対音感と類稀な読譜力をもっていることがわかり、5歳で作曲を開始する。最初は母親からピアノを学んだが、のちにオルガンとチェンバロも演奏するようになった。8歳でトロント音楽院に入学、1945年に同音楽院創立以来最年少の12歳で卒業。同年デビューしたが、そのときの肩書はオルガニスト。翌年、ピアニストとしての正式なデビューを飾っている。
「私はピアニストではありません。暇な時間にピアノを弾くブロードキャスターであり、作曲家であり、カナダ人作家です」
 こんな発言で人々を驚かせるのはお手の物だった。
 ピアニストとして名が知られるようになったのは、1955年にアメリカ・デビューを果たしてから。演奏を聴いたレコード会社のディレクターがその天才性を見抜き、いまや歴史的名盤となったJ.S.バッハの「ゴールドベルク変奏曲」をデビュー録音に選ぶことに。これが世界的な大センセーションを巻き起こした。彼のピアノの特徴はペダルの使用を極力抑え、1音1音切るように演奏するノンレガート奏法。テンポ、リズム、旋律の歌わせかたなど作品の解釈も非常に個性的ゆえ、この録音は賛否両論の的となった。
 グールドは極端に低い椅子で弾くことや、人に会うのが嫌いなこと、真夏でも厚いコートを着て手袋をし、帽子をかぶっていたことから変人扱いされたが、この「ゴールドベルク変奏曲」を一度耳にした人なら、誰でもその斬新さと推進力に富んだ特有の奏法に魅せられ、自由な発想に基づく現代的なピアニズムに強く胸打たれるに違いない。
 彼は一度も来日したことがないためナマの演奏に触れることはできなかったが、残された映像を見ると、すべての音符が頭のなかに入っていたようだ。まったく楽譜を見ずにどんな難曲も楽々と弾いてしまう。目を閉じながら完全に音楽に没入、ときに手を振りかざし、旋律を歌い、うなり声をあげながら鍵盤をなめるようにして演奏する。
 グールドはあまり再録音をする人ではなかったが、「ゴールドベルク変奏曲」だけは1981年にもう一度録音。これは翌年10月、亡くなる1ヶ月前にリリースされた。まるで遺言を残すように…。この再録音はデビュー録音とくらべると洞察力が深く内省的な響きで、バッハの魂により近づいている感じを受ける。うなり声も増え、繰り返しも多く行われている。
 グールドは1964年にコンサート・ドロップアウトをし、スタジオでの録音に仕事をしぼるようになった。1997年にトロントを訪れた際、そのスタジオと住んでいた家を訪れたが、トロントにある緑豊かなマウント・プレザント墓地で「ゴールドベルク変奏曲」の静謐なアリアのように、静寂のなかで永遠の眠りについていた。

 グールドは1957年5月にソ連を訪れ、ロシア人に衝撃を与える演奏を披露している。次いでベルリンに足を伸ばしてカラヤン指揮ベルリン・フィルと共演、ここでもドイツ人を熱狂させる演奏を行い、これを機にカラヤンとの親密的な交流が始まった。二人の真の天才は互いの才能を尊重し、音楽する喜びを味わった。
 純粋無垢な孤高の天才は、いつの時代も人々を魅了。その演奏は決して色褪せることはない。彼は大のユーモア好きでも知られ、物まねも得意だった。人づきあいが苦手な一方、一度心を許すと、動物のようにその人になついたという。生来の寂しがり屋だったのではないだろうか。演奏は完璧なテクニックと表現力に基づいたものだが、全編から温かい血の通った人間が弾いているというヒューマンな味わいがただよってくる。それが心の奥の感動という名の扉を強烈にノックする。


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