大特集 ビートルズと英国 / MYジョン・レノンMYジョン・レノン

ジョン・レノンはいい時代のいいギターを使っていた。/渡邊かをる

ザ・キングストン・トリオの「トム・ドゥリー」が大ヒット(1959年)している頃、高校生だった僕はギターを持ち出しては、アメリカのフォークソングやカントリー&ウエスタンをよく弾いていた。

大学に入ってますます熱気をおびてモダン・フォーク・カルテット(マイク真木、麻田浩らと結成)でもキングストン・トリオに夢中だった。そんなときに突如ビートルズなるイギリスのロック・バンドが現れたのである。それまでキングストン・トリオを聴いていたアメリカのティーンエイジャーたちまでもが、ビートルズ、ビートルズと騒ぎ始めているらしいと、そんなニュースを僕は口あんぐりで、敵対心をもって聞いたのであった。

その後ビートルズをよくよく聴いてみると、ジョン・レノンはプレスリーやチャック・ベリーなどが好きだということが分かり、多少興味が沸くようになった。やがて「ザ・ラック・オブ・アイリッシュ」(1972年)を聴いたとき、ジョン・レノンにはアイリッシュの血が流れているのだと、そしてこの曲は素直にいいと思えた。アイルランドはジェイムス・ジョイスに代表されるように詩と妖精の国。またアイリッシュの人たちのユーモアのセンスをdead pan(死んだ鍋)と例えられるほど、顔は笑わないできついジョークを言うのだが、ジョン・レノンもMBE(大英帝国勲章)を受勲したとき記者たちの「ところで、あなたの勲章はどこにあるのか?」の問いに、テーブルにあったグラスの底に敷かれたコースターを指差したのが印象的だった。

話は変わるが、僕はジョン・レノンをホテル・オークラのバーで見かけたことがある。隅っこの方に座りジーンズとTシャツ姿で新聞を読んでいた。そのときに僕は何故だか彼のギター、ギブソンJ−160Eの音色を思い浮かべた。また、エピフォンのカジノも。さぞかし、しっくりとくるものを厳選したことであろう。いいギターが名曲をつくり出したのでもある。(談)

PROFILE

渡邊かをる Kaoru Watanabe(アートディレクター)
1943年東京築地生まれ。1967年日本大学芸術学部卒。同年、VANヂャケット入社。宣伝部意匠室長として、VANブランド、SCENE、NIBLICKなどのアートディレクターを務める。1978年同社退社。同年、井上嗣也、下村紀夫とビーンズ設立。1981年渡邊かをるインク設立、キリンラガービールのラベルをデザインするなど、広告のアートディレクターとして活躍する一方、陶磁器、美術全般への造詣の深さと、その粋なライフスタイルにも定評がある。

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