
かつて、ジョン・レノンについて以下のように書いた記憶があります。
「1940年、空襲下の英国に生まれ、1980年、ロックが衰退していく前にこの世を去った」と。
数字がヒトの運命を決定するわけではありませんが、ジョン・レノンが生きた40年間というのはあまりにも区切りが良い40年だった、と思います。
ロックの歴史そのものを生きたジョンにとって、もし彼が生存していたなら“あの80年代”というのは生き辛かったのではないだろうか?と考えます。それまで、常に何か新しい革新を成し遂げ、世の中を挑発し続けていたロック。戦後生まれの若者たちの生き方をも変えてしまったロック。
80年代という時代はロックを必要としていたのでしょうか?
60年代にはロカビリーやR&Bを演奏していたジョンたち4人のザ・ビートルズは、やがて、ポップ・アイドルとなり、ロック・ミュージシャンとなり、アーティストとなり、音楽家になりました。
彼等はポピュラー音楽やユースカルチャーそのものを革命した主体だったと思いますが、中でもジョンは、画家や俳優、そして反戦・平和運動のアクティヴィストとなった末に“主夫”となりました。
アーティストでもなく、アクティヴィストでもなく、セレブリティーでもない“主夫”というありかた。
ジョン・レノンという存在が極めたものは“自然に、真剣に子育てをする父親”であったわけです。
クリエイターとしての苦悩から離れ、一方、一人の父親としての悩みや苦しみに向き合ったとき、ジョン・レノンは本当に自己解放できたのだと思います。
僕はジョンのファンではありません。フォロワーでもありません。
でも、この1点において完璧にジョン・レノンという存在を信頼し、共鳴し、尊敬しているのです。
栗野宏文 HIROFUMI KURINO(ユナイテッドアローズ常務取締役、チーフ・クリエイティブオフィサー)
1953年東京生まれ。中学・高校時代は音楽やイラストレーションに熱中。和光大学卒業後ファッションの世界に入る。BEAMSではレイビームスのディレクターを経て、企画部長。ファッションリーダーとしての頭角を表し、雑誌などで活躍。1989年ユナイテッドアローズ設立に参画。1996年〜2002年アントワープ・アカデミーファッション学部卒業生の審査員もつとめた。2004年英王立芸術大学院「Royal College of Art」より、ファッション分野への貢献者として、Honorary Fellowship (名誉研究員)の称号を授与される。

