本特集で加藤和彦さんが「ビートルズの中で一番好き」と挙げている『マジカル・ミステリー・ツアー』のイギリスオリジナルEP盤(上)。シングル2枚組(計6曲入り)に豪華なブックレットを綴じこんだ仕様からは、67年当時のサイケなロンドンが覗いてみえるようだ。 文/資料提供=保科好宏
注)上のブックレットをクリックするとページをめくって見る事ができます。
ポップ・ミュージックが飛躍的に表現の幅を拡げ、アートの領域で語られるほどの評価と地位を確立したのは、60年代中期のアーティスティックなビートルズ作品に因るところが大きい。その契機となったのは、インド思想への傾倒や時を同じくして巻き起こったサンフランシスコ発祥のサイケデリック・ムーヴメントの影響だが、新しい価値観を模索する若者世代が、精神や知覚の解放を促す手段としてLSDやマリファナを用い(もちろんビートルズ他の当時のミュージシャン達も)、その不思議な体験=トリップ感覚(聴覚、視覚、触覚、意識等の変化)を音楽に反映させたのがサイケデリック・ミュージックである。
ビートルズ初のサイケ・ソングが、初めてシタールを使った「ノルウェーの森」(65年)か「トゥモロー・ネヴァー・ノウズ」(66年)かはともかく、やはりビートルズが凄いのはアメリカ発祥と言われるこのサイケ・ムーヴメントとシンクロしながら、しかも極めて知的かつ実験的ながらもスマートな音楽に仕立て上げたことだろう。それが可能だったのは、この頃からツアー活動を中止し、スタジオでふんだんに時間を使ってのアルバム制作に没頭できる環境にあったからなのは間違いない。
この時代のイギリスには、アーサー・ブラウンやピンク・フロイド、アメリカからやって来てイギリスでデビューしたジミ・ヘンドリックスといったあたりがサイケ色の強いサウンドで人気を博していたが、やはり緻密なスタジオ・ワークで傑出したサウンドスケープを聴かせていたのがビートルズだった。中でもその最高峰と言われているのが『サージェント・ペッパーズ』(67年)だが、同じく67年の
暮れにビートルズ主演のテレビ映画のサウンドトラックとしてリリースされた、イギリスでは2枚組EP(計6曲入り。アメリカ盤はシングル等を加えた11曲入りLPで発売)の『マジカル・ミステリー・ツアー』の方が、実は重く深いサイケデリック作品であることは論をまたない。
それにしてもこの作品、テレビ特番は75%の視聴率を稼ぎながらも当時かなり不評だったのは、ロード・ムービー的でありながらストーリー性が希薄な、今で言うPVのようなシュールな展開が多くの人に理解されなかったからだろう。それが今では逆にアート性に優れた作品として、映像、音楽共に時間が経過するほどに各方面で高く評価されているのだから面白い。
オリジナルEP収録曲の中では、「フール・オン・ザ・ヒル」の白日夢のような淡く切ない美しさや、元祖ヘヴィ・メタルとも称されるダークでヘヴィな「アイ・アム・ザ・ウォルラス」がやはり傑出している。米キャピトル盤は、この6曲に「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」「ペニーレイン」等のヒット曲を加えた11曲入りの編集盤となっているが、それに関してビートルズはアメリカ側の勝手な選曲/編集を腹立たしく思っていたようだ。
僕はと言えば今から30年ほど前、初めてこのオリジナルEPをロンドンの中古レコード店で見つけた時、英国盤にしては厚みのある豪華なブックレットを一枚ずつめくり、珍しいビートルズの写真に感動し、まるで宝物を発見したように嬉しかったことを今でも鮮明に憶えている。
