アビイ・ロードの歩き方―私のビートルズとロンドン―THE WAY TO ABBEY ROAD『アビイ・ロード』のカヴァーを見ていちどはここを歩いてみたいと思った人からとくに何も思わなかった人まで、リアル・ピープルにきくそれぞれのビートルズ、そしてそれぞれのロンドン。

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#73 追いついたと思ったら逃げられる、ビートルズとの関係 (鈴木康博)

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1.日本盤LP『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』。「初めて買ったビートルズのレコードがこれ。当時は日本独自のジャケット・デザインで、特に初回盤のジャケットは上部に派手な<STEREO>表示が入っていました(OP-7123)。でもこのLP、友人に貸したままになっていて今は手元になく、今あるのはその後に発売されたSTEREO表示なしのものです。中のレコード盤はエバークリーンと呼ばれた赤の透明ビニール盤で、静電気防止剤が含まれていてホコリがつきにくい素材だ、と言われていました」

 ベンチャーズのエレキ・サウンドがはやっていた中学生時代、僕はフランク・シナトラやパット・ブーンらアダルトなポピュラー歌手や、ピーター・ポール&マリー(PPM)、ブラザーズ・フォーといったコーラスの美しいモダン・フォークを好んで聴いていました。だから初めて「プリーズ・プリーズ・ミー」と「抱きしめたい」を聴いたとき、当時の印象を僕の言葉で言うと“野卑”。シャウトするほどむき出しの歌声が野蛮で、しかも女の子たちがキャーキャー騒いでるらしいし、叫びながらハモってはいるものの、オレたちがやるような音楽じゃねえなあ、と。その1年後『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』の映画が日本公開されても、女の子たちがキャーキャーキャーキャーうるさくて音が聞こえないという話だったので、そんな映画は見たくないと思っていた。どうせミーハーが見る映画だろう、自分たちがやってる音楽とは別世界だ、オレたちは今の歌謡曲をなんとかしなくちゃいけないんだ、みたいな“硬派”な意識を掲げていたわけです。

 それでもビートルズの音楽には興味をひかれたので、騒ぎがおさまった高2のとき映画館に行きました。たしかエルビス・プレスリーの映画『アカプルコの海』と2本立て。小さな町の映画館で、男友達と二人。日本の女子は慎ましやかだから、もうスクリーンに向かって騒いだりしないんじゃない? と期待しつつ。ところが数人の女の子がキャーキャー騒ぎ始めちゃった。あーあ、もうちょっと大和撫子のイメージを守ってくれよ……。ビートルズに日本の女の子たちを持って行かれちゃったみたいで、内心ガッカリでした。

 そんな彼らのアイドル的存在を見下しつつも、音楽的才能は認めざるを得なかった。初めて買ったビートルズのレコードは、その『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』のサントラです。オープニングのジャーン! という、ジョージの12弦ギターが衝撃的で、この曲ならレコードを買う価値がある、と思ったからです。彼らを“野卑”と感じた『ウィズ・ザ・ビートルズ』の頃よりも、『ヤァ!ヤァ!ヤァ!』には僕を揺さぶるものがたくさんありました。A面曲はラジオでよく聴いていたので、針を落としたのはB面ばかり。生ギターのストロークがカッコイイ「今日の誓い」、ジョンの歌い方が特徴的な「ユー・キャント・ドゥ・ザット」、それから「ホエン・アイ・ゲット・ホーム」のウォウウォー、もうたまんないですよ。当時、ホコリがつきにくいという“エバークリーン”の赤いレコード盤さえもカッコイイと思えた。ジャケットに写ってるジョージのアコースティック・ギターを見て、これと同じギターを買わなきゃ!ビートルズやるならこれだ!と思いこんだり。あれはたいしたギターじゃなかったんだけどね。

 その頃には学生仲間でコンサートをやるようになっていたので、ビートルズを弾けるようになりたかった。オレたちはフォークもやるけども、ビートルズもできるんだぞ、というところを自慢したかったんですね。『ラバー・ソウル』と『リボルバー』をカセットテープに入れて毎日のように聴きましたが、これがなかなかコピーできない。当時はC-Am-F-G7程度のコード進行しか知らなかったから、PPMの曲はコピーできても、ビートルズはできない。コード進行が難解で、音楽形態さえ違うような気がしました。ようやくこれなら弾けそうだ、と感じたのは「恋をするなら」。その頃には「デイ・トリッパー」がヒットしていましたが、イントロの単音は弾けてもその後のコード進行が突飛すぎてまったく理解不能。ただ、そういう変わったモノには特に憧れていました。

 コピーするうちに彼らの偉大さを知り、少し彼らに追いついた気になっていた大学時代。でもそこに、名盤『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』が登場したんです。彼らはまた進化しちゃった! 追いついたと思ったら、引き離される。やっとギターでなんとか同じ音を出せそうになったのに、またしても彼らは遠くに行っちゃったわけです。それにこの『サージェントー』を聴いた瞬間、愕然としました。音楽で食っていくには、ここまでアレンジの知識がないとダメなのか、と。その頃僕は、ビートルズにジョージ・マーティンというプロデューサーがいることを知らなかったんです(笑)。

 学生時代は音楽の授業が大嫌いで、ト音記号さえ分かっていなかった僕ですから、すぐに音楽の教室に入りました。そこでアレンジやコードワーク、作曲法など音楽理論を一から勉強した。そうしないと音楽でやっていけない、と思ったのはビートルズのおかげですね。オフコース時代に結実するコーラス・ワークは、音楽知識に基づく緻密な音の積み上げ。同じ時代にビートルズ&ジョージ・マーティンという偉大な音楽家がいたおかげで、僕は音楽を学ぶことができ、こうして今も音楽を作り続けていられるのかもしれません。

取材・文/松田ようこ

鈴木康博
ミュージシャン


1948年静岡県修善寺に生まれ、横浜で育つ。中学の頃からアメリカン・ポップスに影響され、東京工業大学時代に友人小田和正らとオフコースを結成。70年「群衆の中で」でデビューし、バンドのボーカル&ギターとして一時代を築く。82年6月の歴史的な武道館10日間公演後、オフコースを脱退しソロ活動を開始。ソロとしてアルバムを24枚リリース、またCMや劇伴音楽の制作等、幅広い活動を展開中。2000年に結成されたSong for Memories(鈴木康博・山本潤子・細坪基佳)のメンバー&アレンジャーとして参加、ライブは2月28日岡山市民会館など。またソロ・ライブ・ツアーも、09年4月19日六本木・STB139スイートベイジルなど、全国で精力的に展開中。

鈴木康博 オフィシャルサイト
http://www.omgnet.co.jp/renewal_yassHP/yass/index.html


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