アビイ・ロードの歩き方―私のビートルズとロンドン―THE WAY TO ABBEY ROAD『アビイ・ロード』のカヴァーを見ていちどはここを歩いてみたいと思った人からとくに何も思わなかった人まで、リアル・ピープルにきくそれぞれのビートルズ、そしてそれぞれのロンドン。

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#70 父がビートルズ武道館公演の照明を担当していました (鈴木祥子)

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1-3.高校時代に買ったアルバム。「『フォー・セール』(写真1)と『ラバー・ソウル』(写真2)は大好きなアルバムです。中期の入り口というか、初期の後期というか、この頃の感じが大好き。ジャケットもすごくかっこいい。「ノー・リプライ」「ノルウェーの森」「ノーウェア・マン」とか、ジョンのソングライティング・スキルと声にとにかく惹かれましたね」

 高校2年のときに先輩のバンドがビートルズをコピーしていて、それを見てかっこいいと思って、アルバムを貸してもらったり自分で買ったりしてどんどんはまっていきました。それまではベイ・シティ・ローラーズとかキッスとかクイーンとかチープ・トリックとかが好きで、『ミュージック・ライフ』や『ロックショウ』(雑誌)を一生懸命読んだり。初めて行ったライブはベイ・シティ・ローラーズの武道館ですね。もう大人路線にシフトし始めていた頃。多分ラスト・ライブだったんじゃないかな。でもビートルズは聴いてなかったんです。

 リンゴはもちろん憧れのドラマーですけど、精神世界、精神性という意味ではジョン・レノンが大好きでした。若い頃ってそういうのに惹かれがちじゃないですか。この人は他と違う、この人が考えてることが知りたい、自分の人生の指針みたいなものをこの人は与えてくれるんじゃないか、っていうある種の教祖的な憧れ。ソングライティングの面でもコード・チェンジとかで影響を受けてると思います。あとボーカル・スタイル。誰もジョン・レノンみたいには歌えないんですけど、「アイム・オンリー・スリーピング」とか、ああいう力を入れない、ちょっとオフ・ビートな、歌いこまない歌い方。歌いあげるようなボーカル・スタイルもあるんですけど、喋ってるみたいに歌うジョンのスタイルってすごいかっこいいと思って、何気に影響を受けてると思います。

 ジョンが死んだ日は雪が降ってました。中学校から帰ってきたら母親が泣いてて、“どうしたの?”って訊いたら“ジョンが死んじゃった”って。うちの母はビートルズの来日公演を見てるんですよ。父が舞台照明家で、ビートルズの武道館公演の照明も担当してたんです。当時母は父と婚約してたんで、照明室から見たんですって。それがもうものすごい自慢で、いつも“私はビートルズを見たわ”って自慢されて“チクショー!”って(笑)。母はジョンと同い年だったんで、親近感があって好きだったみたいです。だから泣いてて。私はまだビートルズにはまる前だったんで、泣くほどショックではなかったですね。

 ポールの来日公演は実は見ていないんです。でもここ2年くらいで、やっぱりポールってすごいな、と思ってきました。ずっとジョン派だったんですけど、それは太宰治にはまるみたいなもので、私も20代のとき太宰にはまったんですけど、彼は39歳で死んじゃったじゃないですか。ジョンも40歳で死んじゃったでしょう。でも私たちはその先の人生を生きなきゃいけない。だから39とか40で死んで伝説となった人の言葉は、40過ぎた我々には、それ以降の人生をどうやって生きるかの指針を与えてくれるものではないと思うんですね。精神的な意味ではあるんでしょうけど、現実的に、生き残った人にとってはどうしても太宰もジョンもどんどん伝説になってしまって、20代の頃みたいに心酔できない。ドリーム・イズ・オーバー。そうしたらポールの図太く生きて曲を書き続ける人のしぶとさ、したたかさがすごく素敵だな、と思うようになりました。自分ものさばって生き続けてやる、みたいな(笑)。ポールの曲のあの楽観的な楽しさとか、明るさとか、昔はそんな惹かれなかったんですよ。生意気だけど、"ぬるい!"とか思って(笑)。でも40歳を越えたらポールの素晴らしさに気づきました。

 リバプールには行ったことはないけど、ロンドンには行きました。アビー・ロード・スタジオは外から見ただけですけど、なんかすごく普通のところだったんで、それほど感慨はなかったです。ニューヨークのダコタやセントラル・パークのストロベリー・フィールズも行きました。あの人がここにいたんだ、ここにいて生きていたんだ、っていう説得力、重みを感じましたね。ジョンには本当に会ってみたかった。私も親が離婚していたりして、すごく複雑な思いがあったりするんで、ジョンの気持ちはすごいシンクロするものがあります。この人の気持ちが私はわかる! みたいな(笑)。人生の答え、真理を探している若いころに、ジョンのああいう歌を聴いて、わーっと心に入ってきて、ノックアウトされて心の師になった。そういう存在のミュージシャンは他にいないですね。

取材・文/佐々木美夏

鈴木祥子
ミュージシャン


1965年8月21日生まれ。東京都大田区出身。16歳からドラムを習い始め、原田真二&クライシス、小泉今日子、ビートニクスなどのツアーに参加した後、88年「夏はどこへ行った」でシンガーソングライターとしてデビュー。そのリリカルな歌世界、伸びやかな声は多くのミュージシャンたちからも愛されている。すべての楽器をこなすマルチ・プレイヤーでもある。09年2月14日(土)神戸、21日(土)広島、28日(土)京都にてライブ開催。『SHO-CO-SONGS collection3』のリリースや、全アルバムを数日間に分けて全曲演奏するライブも予定されている。また、3月22日(日)には、単独アーティストとして初の横浜美術館グランドギャラリーでのライブも決定している。

鈴木祥子オフィシャルサイト


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