アビイ・ロードの歩き方―私のビートルズとロンドン―THE WAY TO ABBEY ROAD『アビイ・ロード』のカヴァーを見ていちどはここを歩いてみたいと思った人からとくに何も思わなかった人まで、リアル・ピープルにきくそれぞれのビートルズ、そしてそれぞれのロンドン。

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#68 ビートルズは生きる原点を必ず思い出させてくれる (土屋昌巳)

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1.「ロンドンに住んでいた頃、いちばんレコーディングした回数が多かったのは、ジョージ・マーティンのAIRスタジオです。一度、僕がいるスタジオに、突然ポールがベースを持って『弾かせろ』って入ってきました。そういうことは他にも何度かあったらしいです。自分のことは誰でも知ってるから、ベースを持っていけば弾かせてくれると思ってたんでしょう(笑)。気さくな人でしたね。リンダもすごくいい人でした。日本で彼女の写真集を買おうと思って、お金を振り込んだのに、いくら待っても来なかった話を本人にしたんです。そうしたら次の日に持ってきてくれて、すごい謝ってくれました(笑)。彼らが『セイ・セイ・セイ』を作っていたときで、マイケル・ジャクソンもいたんですけど、僕ら東洋人を怖がって、トイレに隠れちゃったんです。
いちばんの自慢は、2000年にテレビの企画で、アップル・ビルの屋上で倉本美津留さんと『ゲット・バック』を演奏したこと。アンプは持ち込めなくて、アコースティックだったんですけど、興奮しました。あのビルは今、建築関係の事務所で、許可をとるのが大変だったそうです。屋上は意外と狭いんですよ。落ちそうに思うぐらいに。『レット・イット・ビー』の映画撮影は、非常に危険だったでしょうね」

 1964年、小学校6年生の頃……まわりの誰もビートルズを知らないような頃から好きだったんです。その後ももちろんずっと追いかけましたが、僕は天邪鬼だったので、新しくてかっこいいものをどんどん見つけていきました。ローリング・ストーンズ、ヤードバーズ、ジミ・ヘンドリックス……。わずか数年間ですが、激動の時代でしたね。生き方やファッションの先端はつねにミュージシャン、特にビートルズでした。

 スタンダード・ポップスが大好きなポールの音楽は、聴いて楽しくなったり、元気が出たりする。一方ジョンは、プレスリーなどのロカビリーから入ってブルースを知って、人間は死に向かって生きてるもので、暗い面を外しちゃいけないという思いがあった。だから、人に言えないような精神的な部分を音で表現したり、ヨーコさんと現代音楽をやったりした。重要なのは、ジョージがチェット・アトキンス的なカントリー&ウェスタンの要素を加えたこと。それらがものすごくいい形でブレンドされて、人間の脳と耳と心に心地いい周波数になったんじゃないですかね。

 今の音楽で使われる技術、発想、音作りの90%ぐらいはビートルズがやったことです。本当に、やり尽くしてますよ。超えられないですね。もともとあった音楽の要素をモダンに加工して、僕らが「これがポップスだ」と思ってる概念を完成させた。今では商品になってる技術も、彼らのエンジニアが手作りしたものです。彼らの音色は今でも追究してます。ジョージ・マーティンさんに何度もお会いして、どう録音したか全部教えてもらいましたけど、機材の目的を超えた使い方をしてたんですね。しかも機材は、今の技術では作れないほど上質です。みんな勘違いしてますけど、技術って昔から全然進歩してないですから。加えて社会的な問題で、ものすごく優秀なパーツを作ってた町工場が、今の経済状況では経営していけないという側面もある。偶然ですが、ビートルズが録音に使ったアナログの機材は、人間の耳にとってベストでした。今、機材が便利になったと言うけど、音はどんどん悪くなってます。便利とは、その倍、何かを失うことなんです。

 大事なのは、失ったものが何かわかるかどうか。僕ら、今どきとても面倒なことをやってるわけですよ。楽器からアンプに行くシールド1本でも、何時間もかけて吟味する。音がCD化の過程で劣化するのを、極力阻止しなければいけない。音楽を作ることは真剣で崇高なんです。だから昔のアビイ・ロードのエンジニアは全員白衣を着てたし、アンプのボリュームの接点は全部純金ですからね。人が奏でた音楽をありがたくいただいて、最良の状態で録音する。結局、人であり、愛情の深さです。

 ビートルズを超える存在が出てこないのは、地球の、もっと言えば宇宙のエネルギーが下降してるからじゃないですか。あの4人は奇跡的な出会いです。世界中からオーディションしたんじゃなく、近所に住んでたんですからね。モンキーズを筆頭に、アメリカで大金を払って、才能がある人を集めてビートルズに対抗しようとしたけど、40年以上経ってもできない。それは、生き物に注がれるエネルギーが減ってきてるからです。産業化社会のなかでただ作られた商品に、人間の暮らしにいいものなんかない。そういう無駄なものの親玉が戦争です。最良の技術や金属がそんなことに使われている。失われたものの大きさに気づいたときには手遅れです。ジョンがいちばん訴えたかったのは、そこじゃないですか。ビートルズのすごさは、音楽ももちろんだけど、生きる原点を必ず思い出させてくれるところです。今をちゃんと生きていれば、未来はそれにくっついてくる。「トゥモロー・ネバー・ノウズ」、明日は誰も知らない。これがすべてだと思う。今ジョンが生きてたら、山にこもって炭でも焼いてたんじゃないですか。

取材・文/鳥居一希

土屋昌巳
ミュージシャン、音楽プロデューサー


1952年8月22日生。静岡県出身。りりィ、大橋純子らのバック・バンドを経て、79年に一風堂を結成(84年解散)。並行してソロ活動、JAPANのワールドツアー参加、映画出演など多方面で活躍。プロデューサーとしても、THE MODS、小比類巻かほる、小泉今日子、THE BLANKEY JET CITY、GLAYをはじめ、多数のアーティストを手がけている。2008年12月3日に加藤和彦、小原礼、屋敷豪太、ANZAと結成したVITAMIN-Q feauturing ANZAのファースト・アルバム『VITAMIN-Q』をリリース。09年1月、2月にはライブも予定されている。

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