アビイ・ロードの歩き方―私のビートルズとロンドン―THE WAY TO ABBEY ROAD『アビイ・ロード』のカヴァーを見ていちどはここを歩いてみたいと思った人からとくに何も思わなかった人まで、リアル・ピープルにきくそれぞれのビートルズ、そしてそれぞれのロンドン。

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#66 『アンソロジー2』が好きですと声を大にして言いたい (本田まさゆき)

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1.ジョンの家族写真は、僕が78年に生まれた頃に日本をうろうろしていたことがうれしいんです。ジョンが自分と同じ時代を生きていた、という感じが。ビートルズを知るようになってから、物心つくまで考えなかった過去というものが、人間40年でこんなことができるのかとか、このくらいの時間で世の中は流れるのかという風にビートルズがコンパスやものさしとしてできあがってきました。
2.『ラヴ』が発売されるとき、世界に先駆けて5.1chのビートルズを聴こうというイベントが旧キャピトル東急ホテルであったんですよ。ビートルズが記者会見をやったホテルで、ジョージ・マーティンの息子が来て、音楽を聴くなんて初めての体験でした。ビートルズが記者会見をした真珠の間で、ジャイルズ・マーティンのレコーディングの裏話を聞いて、その後5.1chがセットしてある別の部屋に行きました。ビートルズのパネルに囲まれて風船が浮かんでいるサイケな部屋で、じゅうたんの上で座ったり寝転んだり自由に聴いてお開きだったんです。ジャケットを真珠の間に忘れたのに気づいて取りに戻ったら、ホテルの人に「ありましたよ。よかったら、記念撮影どうですか」と撮ってもらったのがこれです。すぐ後で建て直しのためにホテルは営業をやめてしまいましたが、ビートルズ体験の浅い僕にとってはとてもエキサイティングな経験です。
3.10トラック目は昔、卒業制作のときに作った作品を元にしています。故郷が寺町なので、自分の原体験を詩にしたときに、頭に鐘の音を入れたんですよ。このCDのために再度録音したときにも鐘の音は入れました。その後、はじめて『ジョンの魂』を聴いたときに、鐘が鳴っているのでびっくりしました。「母は苦情を言いました」ははじめ24、5歳の男が人前で母親についての詩を読むことに抵抗があったんです。そのときに「マザー」を聴いて、「そうか、やってもいいんだ」と背中をおしてもらった感じです。武道館のとなりの科学館というところで詩のボクシングの決勝があったんです。MDに「マザー」を入れて、武道館のとなりのベンチで聴こうと思ったら電池が切れて聴けないんです。ジョンに「お前がやるんだ」と啓示を受けた気がして、「母は苦情を言いました」で優勝したんです。

 テレビやラジオで流れていたビートルズの曲を、オールディーズというか、昔の民謡みたいに思っていたんです。それが『青盤』にはいっぱい入っていて、全部ビートルズだとわかったらすごいと思って、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」から徐々にはまっていきました。デザインの仕事をはじめた当時、仕事がなくて時間だけはあって、古本を店の隅にちょこっと置いてるレコード屋で、一冊20円でビートルズの詩集の上下巻を売っているのを見つけました。安いからそれを買ってひまつぶしに歌詞を読み始めたんです。そのときは訳だけで原文がなかったので、内容よりも表紙の初期と後期のメンバーの写真を見て、これが同じ人たちかと思うほど顔が違うのに驚きました。

 ジョン・レノンには好きな言葉がたくさんあって、歌詞ももちろんですが、対になるもの、コンビ論になるようなものもあります。解散後の「ポールの悪口を言ってもいいのは俺だけだ。他のやつが言うのは許さない。兄弟げんかみたいなものだから」というのが、僕はずっと二人で仕事をしてきたので、すごく好きです。ジョン・レノンじゃなくてもそういうことを言う人はいて、そういう人間は信頼できるんです。あと、「ゲッティング・ベター」でポールが「これからよくなる」って言ってるのに「これ以上悪くなりようがない」みたいなことをジョンが加えていて、それがあることでただの明るい励ましの言葉じゃなくなるんです。そういう発想って違う人間が付け加えないと出てこないんですよ。レノン⇔マッカートニーのキャッチボールが顕著に出てるフレーズですよね。

 装飾のない、弾き語りで家で録った様な荒削りなデモテイクが最高だと思うことがビートルズや他の人でも多々あって、ビートルズで一番好きなアルバムは『アンソロジー2』なんです。往年のファンからすれば、そんなものは最近出たものだということになるかもしれないけど、そんな選択でも、自由なものとして許してくれるのがビートルズじゃないかと思います。コアなファンが集まっている場所では恥ずかしいけど、それでも『アンソロジー2』が好きですと声を大にして言いたい。だってしょうがない、一番聴いてしまうんですから。クラウス・フォアマンが『アンソロジー』のジャケットも描いてて、『リボルバー』と違ってカラーのコラージュで現代風のジャケットになってるじゃないですか。アストリットとスチュアート・サトクリフのことがあってもビートルズと関わり続けて、『アンソロジー』でも関わってるのがいいですね。

 ビートルズの足跡を訪ねたいという気持ちはあるんですけど、行きたい場所というより、桃源郷みたいな憧れの場所だと思ってるんです。「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」を聴くと、ジョンの経験を追想しながらも自分の少年時代を思い出します。ジョン・レノンは孤児院ストロベリー・フィールドを歌にして、僕の場合は山梨のぶどう畑にかこまれているのが生まれた家なんですよ。イギリスに行けるとしたらアビー・ロード・スタジオで、趣味じゃなくて何らかの必然性を持って、楽器を弾いたり音を録ってみたい気持ちはあります。

 僕がビートルズから受けた一番大きな影響は、レノン=マッカートニーのけんかとか人間関係、関わり方ですね。ジョンとポールの関係のように僕にも相方がいて、正反対の性格なんですよ。例えば、自分が何か詩を書こうと思って行き詰まっているとき、相方の絵を見ることで書けることがあるんです。そのキャッチボールは不思議で、他の絵じゃダメなんですよ。どんな人に会っても二人は正反対ですねと言われて、不安もあるんですけど、ジョンとポールを見てると、正反対であるからこそいいものがあるんだと信じられるんです。

 僕にとってビートルズとは、答えじゃなくて、ヒントですね。詩を書いたり歌を歌ったりデザインをしたりという表現以外の部分でもいろいろ参考になります。「何ものにも縛られないこと」もヒントになるし、でもその言葉にすら縛られずに何かに縛られることも大事だというときもあるじゃないですか。サイケデリックとかスタイルにこだわるとか。そういう意味で何でも最終的にはヒントになるんです。


取材・文/佐藤義文

本田まさゆき
詩人、デザイナー


1978年2月20生まれ。山梨県出身。2003年、第3回詩のボクシング全国大会優勝。同年、ソニーミュージックジャパンインターナショナルより朗読CD「母は苦情を言いました」をリリース。詩人としての活動のほかに「制作室デザインコンビ(http://design-combi.com/)」ではデザイン、イラストレーションなどを手掛けている。

ソニーミュージック 本田まさゆきオフィシャルサイト
http://www.sonymusic.co.jp/Music/Arch/SR/MasayukiHonda/


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