#59 ビートルズを語ることは自分自身を語ることかもしれない (黒沢健一)
1.「幼稚園のときにレコード屋さんの兄ちゃんが"そんなに好きならあげるよ"ってくれた小冊子。72年に発行されたものですね。字が読めるようになってから、熟読して次にどのレコードを買おうかって丸をつけたりしてました。『サージェント・ペパー』のオープンリールは何年か前にロンドンの蚤の市で見つけて、2ポンドくらいで買いました。マスターから直接コピーしたものだからやっぱり音がいいんですよ。音に関するものを見つけると、ついつい買っちゃいますね」
従兄弟がロック兄ちゃんで幼稚園に上がる前から家でレコードをかけてたんですよ。おもちゃにしてたわけじゃなくてちゃんと音楽を聴いてるらしいってことで、3歳くらいのときに親が『レット・イット・ビー』を買ってくれたんですよ。幼稚園に入ってから、従兄弟が『ヤァ!ヤァ!ヤァ!』と『レット・イット・ビー』と『ギミー・シェルター』の3本立てを見に連れてってくれて、初めて大画面で動くビートルズを見て"ガ〜ン!"。普通の幼稚園児がアニメのヒーローや野球選手に憧れたりする初期体験が、僕はビートルズでした。そのあと『ア・ハード・デイズ・ナイト』も買ってもらいました。レコード屋の店頭で試聴させてもらったの覚えてますもん(笑)。『ラバー・ソウル』『ヘルプ!』『ア・ハード・デイズ・ナイト』の3枚のうちのどれかがいいよって親戚のおばさんに言われて、高いものだし絶対はずしたくないから店頭で3枚全部聴いたんですよ(笑)。幼稚園児のくせに。子供にそういうものを与える環境が僕を増長させたんだと思います。
楽器を始めたのも従兄弟の影響。ギターとアンプをもういらないからってくれたんだけど、最初は弾き方もわからないから全部同じチューニングをしたりして。『ぎんざNOW!』でポールの「夢の旅人」のPVを見て、かっこいいな〜って思って弾こうとしたんだけど、コード・チェンジもわからないから自己流で研究してコードを自分で作ったり。それが小学校高学年くらい。その後「ビートルズ80」ってコードブックを買ったら間違いだらけ。こんなコードねぇよっていうのばっかり(笑)。で、弾いても音があわないから耳コピを始めたんですね。わからないときとかに自分で適当にメロディをつけたりしてると、知らないうちにオリジナル曲ができてました。
ビートルズがなんで好きなのかなんて考えたことがないです。すごさの理由がわからないから、これだけいろんな人がビートルズを語ってるし、研究本も出てるんでしょう。こんなに資料があるのにそれでもまだみんなが追求したがる、話したがる…わからないですねぇ。自分語りなのかもしれない、その人にとっての。自分を投影できる物語がビートルズの中にあるから、自分の話、自分の見方を熱く語りたがるのかもしれない。リバプールに取材に行ったことがあるんですよ。『イエロー・サブマリン?ソングトラック?』(99年)が発売されるときに、ジョージ・マーティンや関わったエンジニアを囲んだコンベンションをリバプールでやるっていうので、ラジオの取材で記者として行ったら、プレスルームに世界中の記者が集まってる。ニューミュージカルエクスプレスとかローリングストーンとかから派遣されてくる人って顔見知り同士みたいで、当日発表があった何かの事柄について"俺はこう書くんだ!""おまえの解釈は間違ってる! 統一見解はこうだ!"とかケンカをしているんですよ(笑)。知識が豊富で、仕事としてクールであるべき人たちにそんなディベートまでさせてしまうビートルズって恐いなぁ、と(笑)。
アビー・ロードにも行きました。そのときの取材の前にも、ジョン・ジェイコブズさんという僕の1stアルバムのエンジニアだった人がストリングス・セッションをアビー・ロードでやったときに、それを見学に。2スタに初めて入ったときは、さすがに緊張しました。ポールがここにいる映像を何十回も見たぞ、って。物語の画がそのままあるんですから。イギリスはやっぱり好きですね。何回も通ってます。ビートルズを好きにならなかったらイギリスのこともこんなに好きにならなかったかもしれない。ビートルズから派生したイギリス的なものが今、自分の生活の中で大事なものになっています。
取材・文/佐々木美夏
楽器を始めたのも従兄弟の影響。ギターとアンプをもういらないからってくれたんだけど、最初は弾き方もわからないから全部同じチューニングをしたりして。『ぎんざNOW!』でポールの「夢の旅人」のPVを見て、かっこいいな〜って思って弾こうとしたんだけど、コード・チェンジもわからないから自己流で研究してコードを自分で作ったり。それが小学校高学年くらい。その後「ビートルズ80」ってコードブックを買ったら間違いだらけ。こんなコードねぇよっていうのばっかり(笑)。で、弾いても音があわないから耳コピを始めたんですね。わからないときとかに自分で適当にメロディをつけたりしてると、知らないうちにオリジナル曲ができてました。
ビートルズがなんで好きなのかなんて考えたことがないです。すごさの理由がわからないから、これだけいろんな人がビートルズを語ってるし、研究本も出てるんでしょう。こんなに資料があるのにそれでもまだみんなが追求したがる、話したがる…わからないですねぇ。自分語りなのかもしれない、その人にとっての。自分を投影できる物語がビートルズの中にあるから、自分の話、自分の見方を熱く語りたがるのかもしれない。リバプールに取材に行ったことがあるんですよ。『イエロー・サブマリン?ソングトラック?』(99年)が発売されるときに、ジョージ・マーティンや関わったエンジニアを囲んだコンベンションをリバプールでやるっていうので、ラジオの取材で記者として行ったら、プレスルームに世界中の記者が集まってる。ニューミュージカルエクスプレスとかローリングストーンとかから派遣されてくる人って顔見知り同士みたいで、当日発表があった何かの事柄について"俺はこう書くんだ!""おまえの解釈は間違ってる! 統一見解はこうだ!"とかケンカをしているんですよ(笑)。知識が豊富で、仕事としてクールであるべき人たちにそんなディベートまでさせてしまうビートルズって恐いなぁ、と(笑)。
アビー・ロードにも行きました。そのときの取材の前にも、ジョン・ジェイコブズさんという僕の1stアルバムのエンジニアだった人がストリングス・セッションをアビー・ロードでやったときに、それを見学に。2スタに初めて入ったときは、さすがに緊張しました。ポールがここにいる映像を何十回も見たぞ、って。物語の画がそのままあるんですから。イギリスはやっぱり好きですね。何回も通ってます。ビートルズを好きにならなかったらイギリスのこともこんなに好きにならなかったかもしれない。ビートルズから派生したイギリス的なものが今、自分の生活の中で大事なものになっています。
取材・文/佐々木美夏
黒沢健一
ミュージシャン
1968年8月11日生れ。茨城県出身。19歳で作曲家デビューをし、91年に弟・秀樹、木下裕晴とL⇔Rを結成。大ヒット曲「Knockin' on your door」等、高純度のポップスで人気を博す。97年の活動休止後はソロとしてもさまざまなバンド、ユニットのメンバーとしても活躍。08年6月には初のライブアルバム『LIVE without electricity』をリリース。秀樹とともに参加しているデコレ村オールスターズでのキャラはパンダ兄弟のハンキー・パンキー。11月1日リリースのアルバム『太陽に歌って』で「上を向いて歩こう」をカバーしている。
黒沢健一オフィシャルサイト






