#56 「ツイスト・アンド・シャウト」で、これだ!と思った (ダイアモンド☆ユカイ)
1-2.「ボブ・グルーエンにもらった写真集。『TOKYO POP』っていう映画に出たときにカメラマンだったボブと知り合って、それからずっと仲良くさせてもらってるんだけど、俺がジョンが好きだって言ったらこれをくれた。ボブはすごく気さくで、誰とでも仲良くなれるような人」
ビートルズとの出会いは中学のとき。その頃は音楽にあまり興味がなくて、野球部でスポーツ少年だったんだけど、練習試合でデッドボールくらって骨折しちゃったんだよね。で、野球ができなくて家に早く帰って来るようになってたら、音楽好きな友達が来て『プリーズ・プリーズ・ミー』のアルバムを置いてった。しばらく放っておいたんだけど、暇なときにふと聴いてみたら、一発で稲妻が走ったね。最後の「ツイスト・アンド・シャウト」にたどりついた頃にはもう、“これだ!”と。そうなったらどんどん次のも聴きたくなってレコードを買い集めて、立派なビートルズ・マニアになった。ギターもすぐに持ち始めた。俺もやってみたいな、ビートルズになりたいな、って憧れちゃって。でも中学のときはバンドを組もうとしても楽器をやってる奴がいなくて、いたとしてもギターをファッションだと思ってたりして、こいつらとはやりたくないな、と。だからひとりでやった。何かの催しだったと思うんだけど、「イエスタデイ」をギター1本で歌ったら、いきなりヒーロー(笑)。次の日から下駄箱にラブレターが入ってたりして。それまで全然モテなかったから、これはいいぞ、って(笑)。それまでの自分とは別人になったみたいだった。
ビートルズは楽しいよね。あの楽しさに洗脳された。ビートルズを聴くことが楽しかった。あとはやっぱりジョンのシャウト。こういう歌い方って気持ちよさそうだなぁ、って。だからジョンが死んだときはショックだった。一方的に自分の兄貴分みたいに思っていたからさ。大学をサボってコタツで寝てたんだよ。テレビをつけたら、ジョンが死んだって…。ちょうど新しいアルバムが出て、ツアーで日本に来るんじゃないかって噂があったからね。ショックだった。涙が出たよ。
ロンドンに初めて行ったのは、レッド ウォリアーズの「スティル・オブ・ザ・ナイト」っていうシングルのPV撮りだったかな。でもひねくれてたから、いわゆる名所めぐりはしていない。ハイドパークとかは歩いたけど、アビーロードにも行かなかった。あの頃あそこでレコーディングしてる人はいっぱいいたから、真似してもしょうがねぇじゃん、って思ってた。アマノジャクだからね。リバプールにも行ってない。そういうことにはあまり興味がないんだよね。憧れは憧れのままでいい。
ビートルズは楽しいよね。あの楽しさに洗脳された。ビートルズを聴くことが楽しかった。あとはやっぱりジョンのシャウト。こういう歌い方って気持ちよさそうだなぁ、って。だからジョンが死んだときはショックだった。一方的に自分の兄貴分みたいに思っていたからさ。大学をサボってコタツで寝てたんだよ。テレビをつけたら、ジョンが死んだって…。ちょうど新しいアルバムが出て、ツアーで日本に来るんじゃないかって噂があったからね。ショックだった。涙が出たよ。
ロンドンに初めて行ったのは、レッド ウォリアーズの「スティル・オブ・ザ・ナイト」っていうシングルのPV撮りだったかな。でもひねくれてたから、いわゆる名所めぐりはしていない。ハイドパークとかは歩いたけど、アビーロードにも行かなかった。あの頃あそこでレコーディングしてる人はいっぱいいたから、真似してもしょうがねぇじゃん、って思ってた。アマノジャクだからね。リバプールにも行ってない。そういうことにはあまり興味がないんだよね。憧れは憧れのままでいい。
取材・文/佐々木美夏
ダイアモンド☆ユカイ
ミュージシャン
1962年3月12日生。東京都出身。86年レッドウォリアーズのボーカリストとしてデビュー。89年に解散(96年に再結成。以後不定期に活動している)。ソロでの音楽活動のかたわら、役者、テレビのバラエティ番組などでも活躍中。






